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【PATU REVIEW】『とら男』「未解決事件、それは苦しい」

文・写真:パンフマン

 8月6日から全国順次劇場公開がスタートしている『とら男』を舞台挨拶付き上映で観てきた。実際に起こった未解決事件を題材とし、さらにその事件を捜査した元刑事が出演した作品として話題となっている。昨年11月に開催された若手作家のコンペティションであるTAMA NEW WAVEで本作が上映され、その元刑事はベスト男優賞を受賞し、注目を集めた。彼の名は「西村虎男」(以下、虎男さん)と言い、映画のタイトルにもなっている。

 映画で扱われている事件はどのようなものなのか。1992年、石川県金沢市でスイミングスクールの女性コーチが何者かに殺害された。県警捜査本部は延べ約6万人の捜査員を投入し、6000人以上から事情を聴いたが、2007年に未解決のまま、時効を迎えた。映画はその後の出来事を描いている。
 物語は大学生・かや子が卒論執筆のために、生きた化石とも呼ばれる植物「メタセコイア」を調査するため、東京から金沢を訪れた。そこで偶然元刑事の「とら男」と出会う。彼から事件の話を聞かされたかや子は、興味を持ち、再調査を持ちかける、というもの。
 今年公開された映画『死刑にいたる病』でも大学生が事件を調査していた姿を見ていたこともあり、大学生活ではあまり満たされてない様子のかや子が何か自分にできることがあるのではと迷宮入りした事件に関心を寄せる態度は唐突にも思えるが、学生らしく若さゆえにという自然さを感じた。事件の大きな手がかりを掴むきっかけとなる行動も感性に突き動かされた末のもので、社会人ではない学生特有の人物像が上手く表現されていた。このある種のリアルさ、実際に捜査を担当した刑事が本人役で出ていることもあって、「セミドキュメンタリー」と呼ばれたりもしているが、描かれるのはあくまでも架空のストーリーなので「ドキュフィクション」という言い方が正しいのかもしれない。

 では事件がお宮入りになった後、現実ではどうだったのか。虎男さんは定年退職後、再雇用の話を断り、筆をとった。自分の体験を通して、地域に残った事件に関する事実無根の噂を消すために。警察が行った捜査の影響で犯人ではない人物への疑惑が噂として広まっていたのだ。自分の体験も書き残すことに決めた。虎男さんは初めは文章の書き方がわからず、小説の書き方などを学び、時には話を聞きに来た記者に取材に応じる代わりに自分の文章を添削してほしいと頼んだこともあったそうだ。その甲斐もあって、というより、演技と同じく初めから上手かったのではと思わずにはいられないのが、2011年に電子書籍として発売された「千穂ちゃんごめん!」という本だ。副題には「実録・殺人事件捜査の裏に隠された真実」とある。事件の裏側では何があったのかが丁寧に書かれていて、非常にリーダビリティーが高く、仕事の休憩時間にあっという間に読み終えてしまった。

 この本を読んで思うのは、30年前に発生したこの事件は現代ではすぐに解決できたとも言われているがそれは間違いだろうこと。DNA型鑑定技術や指紋照合精度の向上、防犯カメラの増加など犯人に結びつく証拠が昔より得やすくなったが、相変わらず検挙されず未解決のまま終わる事件は無くならいない。その原因は警察が抱える体質の問題のような気がする。公式の映画パンフにも「組織捜査の落とし穴」というタイトルで警察の問題点を指摘しているコラムが載っている。もはや警察に頼れないとなると大学生・かや子のような「アマチュア探偵」が事件解決に必要にも思える。
 捜査に関するテクノロジーと同様に「アマチュア探偵」も進化している。様々な情報へのアクセスは以前と比べて、容易になった。合法的に入手した情報を元に調査を行う「オープン・ソース・インテリジェンス」と呼ばれるもので、近年も映画やドラマで描かれている。行方不明の娘を父がネット上で探す『Search』(2018)、素人探偵集団の活躍を描いたポーランドのドラマシリーズ『ウルトラヴィオレット』(2017-19)など。日本発だと『名探偵ステイホームズ』(2022)が近いかもしれない。実在の事件を解決に導いたものには『ベリングキャット ~市民が切り開く調査報道』(もはやアマチュアのレベルではないが)、Netflix配信の『猫いじめに断固NO!:虐待動画の犯人を追え』(2019)がある。血縁関係や先祖を辿れるオープンソースのウェブサイトから容疑者を特定したケースや事件解決に労力を惜しまない人々が集うフォーラムもあり、最近では未解決事件を警察と協力して解決を試みるYouTuberまで登場している。

 虎男さんは映画出演を受けた理由を「全国にはたくさんの長期未解決事件があって、苦しんでいる被害者遺族がいて、そんな状況をなんとかしたいと思っている捜査員もいることを知ってほしい」と述べている。今も警察は捜査をしていない訳ではなく、たとえ捜査の継続を望む刑事がいても何かしらの理由でできなくなってしまう事態が残っているのだろう。
 監督の村山和也さんは本作を「個人的な想いから始まった映画」だと述べている。事件現場となった公園で子どもの頃によく野球をして遊んでいたらしい。大人になっても事件が忘れられず、自費で『とら男』を製作した。この事件のインパクトは当時近隣に住んでいた人にしか分からないかもしれない。私は殺害されたスイミングコーチが勤務するスクールに通っていたので、強烈に印象に残っている。
 ポン・ジュノ監督『殺人の追憶』のモデルとなった犯人は事件から約30年後にDNA鑑定の結果特定された。この事件にも同じようなことができるのでは?と期待したが、残念ながら不可能だという。証拠の管理が杜撰だったから残っていないのだ。

作品情報

監督/脚本:村山和也
出演:西村虎男/加藤才紀子/緒方彩乃/河野朝哉/河野正明/長澤唯史/南一恵
上映時間98分

パンフ情報

2022年8月6日発行/発行:「とら男」製作委員会/イラスト:加藤才紀子/デザイン:千葉健太郎/800円(税込)

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