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【PATU REVIEW】そのときあなたは何を想う『プアン/友だちと呼ばせて』

文=鈴木隆子 イラスト=喜田なつみ

ここ数年、「終活」という言葉やエンディングノートの作成についてなどよく耳にするようになった。身近な人や自分が実際にそれらを行うことを想像すると、私はいつも悲しくなってしまっていたのだが、それはまだ自分ごとになっていないからで、「死」に対して恐れがあるからなのだと気がついた。

『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017)で本国タイのみならずアジア各国で名を轟かせたバズ・プーンピリヤ監督が、『恋する惑星』(1994)、『花様年華』(2000)の巨匠ウォン・カーウァイから直々に「一緒に映画を作ろう」とオファーを受け制作された『プアン/友だちと呼ばせて』(2021)。
白血病を患ったウードが、ニューヨークに住むかつての親友ボスに突然電話をかけ、最期の頼みを聞いてほしいとお願いする。それはウードの元カノたちを訪ねる旅の運転手をしてほしいということ。ウードとニューヨークで出会い、今はそれぞれ次のステージへ進んでいる彼女たちへ(そしてボスへ)の心残りを胸に、タイの各地を巡りながら、自身の人生を少しずつ整理していく。

彼らの過去に関係している女性たちは皆、自分の夢を叶えるためにニューヨークに来ていた。対してウードは、ニューヨークに来た明確な理由は無いようだし、ボスはニューヨークへ渡りたいという当時の彼女と一緒にいるために留学を理由に渡米し、生活費や家賃は裕福な実家が負担していた。夢を持たないといけないわけではないが、そこには同年代の彼らがそれぞれの自分の人生にかける温度差があった。(ボスに関しては親との関係にとある事情が存在しているのだが、ネタバレになるのでここでは伏せておく)
全ての女性に当てはまる訳ではないが、妊娠・出産を考えて、女性は結婚へのプレッシャーを感じることが男性よりも多い傾向にある。特に本作では触れられていないがその違いが、彼ら彼女らの20代の過ごし方に少なからずとも影響していたのではないかと考える。

だから女性の立場として、どうしてもウードとボスの甘さを受け入れられないところはあるが、本作がもうすぐ最期を迎える若者の美しい物語として終始していないところには現実味があった。
別れた恋人に会いたいと訪ねて行っても、みんながみんな快く受け入れてくれるとは限らない。ウードは我が身を振り返り過去の失態を受け入れ、再会できたとしても咎められ、逆に傷つくかもしれないけれど、それも想定したうえでの旅だったのではないかと思う。

がんという病気が他の病気と大きく違うのは、自分の人生のタイムリミットを知ることができるところなのだと、友人から聞いた。
もし自分が余命宣告を受けたらーーどこに行きたいとか、あれを食べておきたいとか、今まではお決まりのことしか浮かばなかった。実際に余命わずかと知って初めて、残された時間で心残りのある人たちに会いに行って、何て言われてもいいから素直な想いを伝えようと、やっと行動に起こせるのかもしれないと、ウードを見ていて考えた。
辛い出来事を経験してもある程度までであれば、その後の良い出来事で上書きしたと自分に言い聞かせたり、忘れたふりをしたりして、なんだかんだで人は生きていける。だけど、「死」がすぐそこまで来ている人からすると、そのままにはしておけないのかもしれない。

自分に人生の最期が訪れたとき、残された時間を何に使いたいと思うのか。今はまだわからないけれど、やはり自分以外の人のために使おうとするのかなと想像している。

作品情報

監督/脚本:バズ・プーンピリヤ
製作総指揮:ウォン・カーウァイ
出演:トー・タナポップ、アイス・ナッタラット、プローイ・ホーワン、ヌン・シラパン、ヴィオーレット・ウォーティア、オークベープ・チュティモン、ラータ・ポーガム
作品公式サイト
2021年香港・タイ映画/2022年日本公開作品/原題:One For The Road/上映時間:129分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/映像区分:PG12/字幕:アンゼたかし/監修:高杉美和/配給:ギャガ

パンフ情報

【奥付情報】
2022年8月5日発行/発行承認:ギャガ株式会社/編集・発行:松竹株式会社 事業推進部/編集:森岡裕子[松竹]/デザイン:原健三・蓑川萌[HYPHEN]/880円(税抜価格800円)

関連パンフ情報

『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017)

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