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【PATU REVIEW】レストランの内幕を垣間見て。『ボイリング・ポイント/沸騰』

文=鈴木隆子 イラスト=喜田なつみ

レストランの仕事は重労働だ。わたしは少しだけレストランでアルバイトをしていたことがあるのだが、ランチタイムのピークの時間帯や、週末のディナータイム、繁忙期(クリスマスシーズンなど)は、厨房もフロアも運動会のような状態になる。(お客さんの前で走るのはNGだが、気持ちとしてはずっと走り回っている)

それに、従業員が働いているのは営業時間の間だけではない。特にオーナーシェフであるアンディ(スティーヴン・グレアム)のような、実務だけでなく店や従業員の管理を任されている立場の人間は、店の営業時間外で、ときには睡眠時間を削って、食材や備品の発注、従業員のシフト作成などの、店を運営していくうえで必要な事務作業を行うことになる。店を開けている間は基本的に来店したお客さんへの対応が最優先なので、店を閉めている時でないとそれらの作業ができないのだ。

約15年間シェフとして働いていたという経歴をもつフィリップ・バランティーニ監督は、イギリス国内のレストランで従業員たちがこのように日常的にストレスに晒されている状況や過酷な労働環境について、本作を世に届けることで問題提起をした。

衛生監視官に問い詰められる、あの人にゴミ出しを頼むとなかなか戻ってこない、バー担当とフロアスタッフがいちゃつく、といった光景は、レストランで働いたことのある人であれば既視感を覚えるだろう。しかし、そんなレストランあるあるを楽しんでいるのも束の間、カメラは従業員ひとり一人が抱えている問題から沸き起こるそれぞれの感情の「沸騰点」を、ワンカットという文字どおり継ぎ目なくあぶり出していく。

多くの人たちにとってレストランとは、親しい人たちと、ときには一人で、非日常を味わいたいときに足を運ぶような、ちょっと特別な存在だ。そこで供される素晴らしい料理と心に残るようなサービスを受けたことで、飲食業界を目指した人たちがいるからこそ、今日(こんにち)までこの業界が成り立っているのではないかと考える。

また、わたしたちはコロナ禍を経験したことで、文化芸術と同様に、国からの十分な助成が無いなかでも、お店を存続させようと懸命になる飲食店経営者たちの姿を見て、外食文化がいかに自分の日常の中で大事なものであったかを、改めて認識したのではないだろうか。

この94分間は、飲食業界の縮図だ。わたしたちの心に豊かさをもたらす場所をつくりあげている人々に、少しでも思いを寄せることができればと思う。

作品情報

監督:フィリップ・バランティーニ
出演:スティーヴン・グレアム、ヴィネット・ロビンソン、ジェイソン・フレミング
作品公式サイト
原題:BOILING POINT/2021/イギリス/英語/95分/日本語字幕/石田泰子/後援:ブリティッシュ・カウンシル/配給・宣伝:テセラ・インターナショナル/宣伝協力:梶谷由里

パンフ情報

【奥付情報】
テキスト協力:高橋諭治
デザイン:岡野登、柴田理子(サイファ。)
定価:800円(税込)
発行日:2022年7月吉日
編集・発行:テセラ・インターナショナル

関連パンフ情報

『ディナーラッシュ』(2000)
【奥付情報】
発行:シネマパリジャン
印刷:三和印刷
定価:600円(税込)
発行日:2002年9月14日

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