映画パンフは宇宙だ!

MAGAZINE

【PATU REVIEW】あなたの知らない「ブリグズビー・ベア」の世界

文=パンフマン イラスト=ウチダ

 映画『ブリグズビー・ベア』のことは分かっていても、劇中に登場する教育番組としての「ブリグズビー・ベア」に関しては謎が多い。映画内の映画やドラマに注目してしまう人にとってはどうしても気になる。「夜、寝る前は歯をみがくんだ」「ご飯の時は神様に感謝するんだ」といった子供が基本的な習慣を身につけるための内容に加えて、過去のSF特撮にオマージュを捧げたドラマが展開するくらいは映画を観ればわかるし、おそらく人生に不可欠な訓話も含まれているのは想像に難くない。それでも、全25巻736話にもわたる壮大なシリーズの全容は一体どのような中身だったのか。

 そもそもジェームスを誘拐した夫妻はどんな人物なのか。マーク・ハミル演じるテッドは80年代に流行したおもちゃのクリエーターで、妻のエイプリルは元大学教授であったとテレビのニュース番組で報道されている。二人の思想を読み解くヒントの一つがテッドとジェームスが語り合う場面に登場する植物園でも見かける温室のようなもの。これは建築家バックミンスター・フラーが考案した球体を三角形の要素に分割した形状が特徴のジオデシック・ドームだ。フラーは地球は資源に限りのある宇宙船であるから、人類皆で生きるためには資源を考えて使わないといけないと「宇宙船地球号」と呼ばれる概念を提唱した人物である。
 フラーの思想に影響を受けて建築されたのがアリゾナ州にある巨大な密閉型ドーム「バイオスフィア2」だ。トランプ政権で一時期首席戦略官に抜擢されたスティーブ・バノンが所長を務めていたことでも知られている。ここでは1990年代初頭、人工的に作り上げた生態系の空間で人間がどのくらい生存できるかの実験が行われた。しかし、結果は失敗に終わった。テッドとエイプリル夫妻はこうした哲学の根底にあるカウンターカルチャーやユートピア思想などに影響を受けた人物なのではないだろうかと推察する。
 いずれにせよ、せめてもの救いだったのは誘拐されたもののジェームスが二人から愛情を注がれ、真人間になるよう躾られたことだろう。その主だった方法が毎週VHSに録画された番組を見せるという変わったものだったとしても。ちなみに本作の舞台となったユタ州は州予算のおよそ7割を教育に費やすほどの教育熱心な州である。

 大半をほのぼのとしたトーンで進む物語について回る「誘拐」という要素は唯一影を落としていると言って良い。映画で描かれた犯罪が実際に現実の事件を誘発してしまった例は稀にあるが、本作を観て、自分も赤ん坊をさらってきて、生活しながら、その子に見せるための番組を手間暇かけて撮影し、教育しようとする人が現れる可能性はもちろん低い。とはいえ、いくら正しく育てたからといって、罪が免じられるわけではないので、この部分については考えざるを得ない。

 本作に関連する作品の一つとして『ルーム ROOM』(2015)を連想したという批評も目にしたが、どちらかと言えば中国映画『最愛の子』(2014)を連想した。ある日、3歳の男の子・ポンポンが親が目を離した隙に行方をくらましてしまう。両親(離婚しており、シングルファーザーのティエンが育てながら、時々母親のジュアンとも面会していた)は懸賞金をかけたり、ネットでも呼びかけるが、見つからない。しかし、3年後とある農村で見つかって…というストーリーで実話が元になっている(劇中のラストでモデルとなった人物の映像が流れる)。
 『最愛の子』公式パンフレットによると2013年時点で中国では毎年20万人の児童が誘拐されていたらしく、これでも控えめに公表した数字とのことだから、深刻な事態に驚かされる。誘拐の目的は親に電話をかけて身代金を要求するような古典的な犯罪ではなく、人身売買が多くを占めているそうだ。ポンポン君の場合は幸いにも田舎の村でリーという女性によって慎ましく暮らしながらも大事に育てられていた。彼女はポンポンが誘拐された子だと知らず、亡くなった夫の連れ子と認識していたのだ。
 さらわれた子どもと実の親との再会後をじっくりと描いている点や本物と偽の親双方から子が愛されているという点で『ブリグズビー・ベア』と重なり合っている作品だ。

 ただし、子供からの視点では異なっている。『最愛の子』のポンポンは発見された時には既に実の両親の記憶はなく、再会しても懐かない。一方でジェームスはすんなりと状況を受け入れる。もちろん、年齢があまりにも違いすぎるという理由もあるが、要因は「ブリグズビー・ベア」なのではないか。番組のシリーズには「ある子どもには別に本物の両親がいた」「その両親と再会して、新たに人生を歩み始める」といった言わばメタ的なエピソードも盛り込まれていたので、ショッキングな出来事も割とすんなりと受け止められたのではないか。
 テッド夫妻も心のどこかで、ずっとこの日々は続かなくて、いつかは外の世界で暮らさなければならないと考えていたのだろう。そして、実際にそんな日が訪れた。けれども、ジェームスが自分の手で番組の続きを映画化し、完結させるまでは想定していなかったのではないか。最後にブリグズビー・ベアが消えていく。このシーンによって彼が周囲と共に犯罪にも自ら蹴りをつけるラストとなり、救いのある終わり方となっている。

 今年5月に発売したPATU Fan×Zine vol.03「ずっと、きみのそばにいるよ about ブリグズビー・ベア」は2年前に電子版で出版した際はキッズを対象にしていた。子供向けではないだろうというツッコミはあったが、子供映画の子供向け副読本として作っても面白くないので、ひねりを加えて作品を選んだだけだ。レイティングはPG12だし、小学生が参加する映画感想文コンクールにも選出されていないし、英語圏のサイトには子供のレビューが上がっているが、どれも戸惑いの声ばかりだ。それでも、ここには無邪気でいることの大切さがあって、遅れてきた青春が描かれている。ファンダムに対する情熱は間違っていないとも言っているようだ。子供の時に見て意味がわからなくても、大人になってからわかるものだと思う。

Share!SNSでシェア

一覧にもどる