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【PATU REVIEW】PTAの描く青春『リコリス・ピザ』

文・イラスト=浦田行進曲

ポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作は青春ラブストーリーらしい、とアカデミー賞の作品賞ノミネート作品をチェックしていた今年の春。驚きとともに期待が高まっていた『リコリス・ピザ』が7月1日ようやく公開された。

簡単なあらすじと予告編を見、このニキビ面のふくよかな少年が一目惚れした年上の女性に翻弄される話かしらん、と陳腐な想像を膨らませながら映画館の座席に腰を降ろす。当然ながら紋切り型のラブストーリーとは行かなかった! 主人公の少年ゲイリーは有名な作品で子役として活躍した経験からか、こちらの予想に反し自信満々のキャラクターだ。一方ヒロインのアラナは若者を惑わす「悪女」などではなく、将来への不安と息苦しさを抱えた20代半ばの等身大の人間である。

「結婚したい人と出会った」と弟に鼻息荒く報告しておきながら、素敵な女性が居ればアラナが隣に座っていようがお構いなしで口説きにかかるゲイリー。この出会いは運命、というキャッチコピーに真っ直ぐなものを思い浮かべてしまっていたが、意外やこの少年に一途さはあまり感じられない。初めは自信なさげだった彼女のほうはというとどんどんハッタリ上等とばかりに頭角をあらわし我が道を切り開いていく。面白いのはそのきっかけが自分に向けられる好意や相手を思う気持ちなどではなく単純にゲイリーの性格だったり人柄に影響されたものというところだ。

主演はフィリップ・シーモア・ホフマンの息子で本作がデビュー作となるクーパー・ホフマン、同じく映画デビューとなる姉妹バンドHaimの三女アラナ・ハイム。スクリーンに登場した一瞬で好きになってしまう魅力があり舌を巻く。70年代のアメリカ西海岸というそれだけでワクワクしてしまう場所を舞台に、2人を取り巻く音楽やファッション、目が離せないキャラクターたちが次々に登場し物語を推進させてゆく。

攻撃の文脈の中で悪意を持って放たれる「おばさん」という言葉の強さや、ふとした瞬間に気づいてしまう相手の子どもっぽさ。そこからある種とてもわかりやすい思考の流れで憧れの対象として選ばれる男性、考えるより先に体が動いてしまうこと、想定もしていなかった展開や人の発言が自分にとって重要な行動の引き金になったりすること。私はもういい大人なのでこれら全て「わかる」のだが、大人たちには是非『リコリス・ピザ』を観ていろんな記憶の扉を開きながらその脚本の妙に浸ってみてほしい。

作品情報

『リコリス・ピザ』(2021)
脚本・監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ
作品公式サイト
2021年/アメリカ/134分/カラー/シネマスコープ

パンフ情報

【奥付情報】
発行日:2022年7月1日
発行者:大田圭二
発行所:東宝株式会社映像事業部
編集:株式会社東宝ステラ
デザイン:大寿美トモエ
印刷:成旺印刷株式会社
定価:880円(税込)

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