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【PATU REVIEW】国家聖人となったマフィアの女王 ~『Gangubai Kathiawadi』~

コロナの再流行の影響で公開が遅れた期待作の一つだったインド映画『Gangubai Kathiawadi』を観た。『パドマーワト 女神の誕生』のサンジャイ・リーラ・バーンサリ監督の最新作である。主演は今インドのコマーシャルに次々と出ている人気女優アーリア・バット。彼女は 3 月 25 日、同じく公開延期となった、S.S.ラージャマウリ監督の大作『R.R.R.』にも出演している。

バーンサリ監督の作品は配信でぼちぼち観られるようになってきている。代表作の一つ『Dev Das』は日本では配信サイト JAIHO で観られるらしいし(私の住んでいるインドからは確認ができない)、最近限定的に日本でも上映された『バジラーオとマスターニー』(日本語字幕で観られるなんてうらやましい!)も配信開始との由。本作も日本で公開されますように。

さて本作の舞台は 1950 年代頃のボンベイの売春街。恋人に騙され売春婦として売られてしまった少女ガンガー(アーリア・バット)は、ガングと名を変え、心身に傷を受けながらも地元を牛耳るギャングのボス(アジャイ・デヴガン。『R.R.R.』に出演)の助力を受け、裏社会でのし上がっていく。

作中でもマフィアの女王と呼ばれたガングは多数の犯罪にも手を染めたはずだが、そこは描かれず、彼女が売春街で働く女性たちのために次々に行動を起こしていく様子が中心になっている。選挙演説のセリフや、他の実力者と渡り合うシーン、また、最初に売られてきた売春宿の女主人と渡り合うシーンなど、相手を圧倒し黙らせるようなセリフが重要な作品であるはずだが、残念なことに、英語字幕なしのヒンディー語上映だったため、私は全く分からなかった。日本で字幕付きで公開されたときのお楽しみとしていただきたい。

ちなみに、多くのインド人女性は 20 代までは小鳥のような声で話し、30 過ぎると急激に声が下がり、どすが効いてくるものだが、早くも 20 代でその境地に達した主演のアーリア・バットの大物ぶりが気持ちよい。彼女は『ガリー・ボーイ』では大スター、ランヴィール・シン演じる主役ムラッドの恋人サフィーナを演じた。超大物の恋人役は大変だったと思うが、このサフィーナという女の子は、恋敵と取っ組み合いをしたり、ビール瓶で殴ったりする暴れ者。また、彼女の主演作『Highway』(2021 年時点では Netflix で視聴可能)で演じた、田舎のチンピラに誘拐されるお金持ちのお嬢様役も非常によかった。激しい魂を持つ彼女が、しきたりとメンツばかりの「家」に収まりきるはずがない。キャスティング自体が盛大なネタバレだ。泣きの演技は、鼻の穴をフガッとやりながら嗄れ声でむせび泣く。『パンジャブ・ハイ』での役は観ているのもつらかったが(Netflix でご覧ください)、絶対に生きて帰って来るという説得力がある。

とは言え、本作では、彼女の持ち味である強さ・凶暴さにバックグラウンドが与えられる。ガングは心、そして身体にも深い傷を負わされている。その傷は、例え彼女が覚悟を決めて心を閉ざして売春婦となり、いかつい顔つきになり、迫力と髪の毛のボリュームがどんどん膨れ上がり、人々から尊敬を集め、畏怖されたとしても消えることはない。男に騙されこんな姿になってしまった自分を家族に見せることはできず、父親の死に目にも会えない。全てを手に入れ、皆が自分にかしづいたとしても、決して手に入れることができないもの。本作の歌と踊りからは、彼女の孤独がひしひしと伝わって来る。

犯罪にも加担していたであろうガングのような人物が社会の中で最も虐げられている人々の味方だったのだと信じることは、個人的には難しい。でも、幾多の悲惨の上に人類最高の文化遺産が築かれているという実態を隠しもしないインドでは、そういう英雄が求められているのだろう。また、シャーリーズ・セロンが怒りのデスロード女優人生を開始した作品『モンスター』のように、苦しい生き方しか与えられなかった人物に世の欺瞞をぶった切ってもらうことは、禊になるのかもしれない。

バーンサリ映画の特徴であるクィアな要素についても触れたい。彼自身がどうかは分からないものの、あまりにクィア的な要素が豊富なのがバーンサリ作品の特徴だ。バーンサリ映画に出てくる悪役女性は大体すごい迫力の顔をしている。ガングバイが売られてきた売春宿の女主人シーラマシは強烈な顔とガタイで凄む。また、女性でも男性でもない性の人物と思われるラズィアバイの妖気もすごい。そういうキャラクターは、ゲイの大好物である。バーンサリ作品における悪役女性のハイライトを参照すると、インド版ロミオとジュリエットの翻案『Ram Leela』のジュリエット側の母親(敵方の男と通じていた娘の指を切り落とす)、『バジラーオ・マスターニー』の王の生母(白装束で、移動するときは侍女たちに幕を持たせて姿を見せないのだが、明らかに彼女が来ると分かるのがおかしい)は強烈だ。一方悪役ではないのだが、『Dev Das』の主人公の母親が悪役に騙されて有頂天で踊るダンスシーンは異様だ。監督、意地悪い。更に、セクシャルマイノリティの表現も目立つ。本作のラズィアバイにも驚いたが、『バジラーオ・マスターニー』では、ポリアモリ―の王が王妃二人を大いに困らせ、『パドマーワト』には男性同性愛者が登場し、王への叶わぬ恋を歌い上げる。一方その王の方も、まんざらでもなさそうに見える。

インド国内の批評を読むと、「素晴らしいけれども物足りない」というものだった。そう、確かに「もう終わり?既に 2 時間半観たけど、あと 1 時間くらいガングバイを観たい!」というところで終わる。インド聖人映画のお約束、最後はもちろん、祝祭の中で街の皆が総出でガングバイ(バイはこの種の仕事をする女性への敬称らしい)を称える。むろん、紙吹雪にスローモーションのパレードだ。ガングは終盤付近、「ジャイ、ヒンドゥ」というセリフで国家級の聖人の仲間入りをした。インド映画では、躊躇なく人を聖人・偉人に祭り上げる。宗教、ジェンダー、格差、カースト、組織的腐敗…人々の祈りや願いや苦痛を吸い上げるかに見える国家聖人映画のパレードは、これからも続いていくのだろうか。

作品情報

『Gangubai Kathiawadi』(2022) インド、ヒンディー語
監督・音楽:サンジャイ・リーラ・バーンサリ
出演:アーリア・バット、アジャイ・デヴガン他

妄想パンフ

本作の華やかな衣装の色やモチーフを多用して、ガングの変化と成長、活躍から聖人となるまでを各ページで表現。歌の歌詞やセリフの意味、衣装や時代考証についても深く掘り下げたい。

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