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【PATU REVIEW】愛すべき過去へのささやかな抵抗『ちょっと思い出しただけ』

文=鈴木隆子 イラスト=喜田なつみ

「思い出す」ということ。それは意識的に行うときもあれば、無意識にぼんやりと、過去がちょっと顔を覗かせるようなときもある。振り返ってみると「思い出す」って、後者のほうが多い気がする。『ちょっと思い出しただけ』(2021)はそんな感覚に近かったから、自分も過去の出来事をフワッと思い出して、改めてそのことと向き合って、反省したり、ちょっと傷ついたり、温かい気持ちになったりしたのだ。

かつて恋人同士だった、照明スタッフとして働く照生(池松壮亮)とタクシードライバーの葉(伊藤沙莉)。二人が別れたあとの2021年7月26日、照生の誕生日から物語は始まり、2020年、2019年と、一年ずつ遡って、その年の同じ日の、二人が過ごした日々の記憶が少しずつ溢れていく。

自分の誕生日を照生一人で過ごした年もあれば、行きつけのバーでマスターと常連仲間に祝ってもらったり、葉と一緒にお祝いしたりした年もあった。
二人で一緒に照生のバースデーケーキを頬張りながら、大好きなジム・ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』の何度目かの鑑賞をしたり、葉が実際にタクシーを運転しながら、二人で映画の中のウィノナ・ライダーとジーナ・ローランズになりきって、ナイト・オン・ザ・プラネットごっこをしてみたりして。
そして、二人はもう恋人同士ではないから、別れと出会いもあった。その時に何が起きたのかも、思い出したりする。

過去の記憶を、少しだけ切り取ったように思い出す。そのうちのいくつかの出来事には、何年経っても勇気づけられたりする。と思ったら、また別の出来事には、思い出したくなかったと、ボディーブローを打たれているようにずっと苦しめられることもある。その出来事だけ忘れられたら楽になるのに、そうはいかないのだ。
それはやっぱり、良いことも悪いことも繰り返して今に至るわけで、過去は現在と地続きだから、とぎれとぎれになっちゃうとおかしくなるからだよね、という風に、私は自分自身を納得させようとすることを定期的にしている気がする。

『ちょっと思い出しただけ』の「だけ」には、その思い出したことに対して、少し強がっているような気持ちや、まだ自分の中でくすぶっている感情が凝縮されているのではないかと思う。変えられない、戻ることができない、愛すべき過去を抱えながら生きていく彼らと私たちの、少しばかりの抵抗なのだ。

作品情報

『ちょっと思い出しただけ』(2021)
監督・脚本:松居大悟
出演:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優美、大関れいか、屋敷裕政(ニューヨーク)、尾崎世界観、市川実和子、國村隼、永瀬正敏
作品公式サイト
2021年/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/115分

パンフ情報

発行日:2022年2月11日
発行:東京テアトル株式会社
編集:株式会社キネマ旬報社
編集協力:奥村百恵
デザイン:大島依提亜
価格:900円(税込)

関連パンフ情報

『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1991)
発行日:1992年4月25日
発行権者:株式会社 フランス映画社
発行所:東宝 出版・商品事業室
発行者:大橋雄吉
編集:(株)スタジオ・ジャンプ
印刷所:成旺印刷株式会社

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