文=鈴木隆子 妄想パンフイラスト=映女
ミュージシャンの夫・ビマルと、幼い娘のリナヤと3人で暮すネムルは妊娠6ヶ月。もうすぐ増える新しい家族を心待ちにし、幸せいっぱいの一家にまさかの出来事がおとずれる。
ネムルが、ステージ3の乳がんを患っていたことが発覚したのだ。すぐに治療を始める必要があるということで化学療法を開始するが、ネムルはお腹の子への影響を考え、自分の判断で治療を中断してしまう。
インディラという実在した女性へ、追悼の意を込めて作られたという本作。ネムルの状況は、おそらくインディラが経験したことなのだろう。
早くにがんの治療を始めれば、ネムルは助かる可能性が高いが、お腹の子へのリスクがあるという。夫のビマルは、生きていさえすればまた子どもを産める、顔もまだ見ていない子じゃないかと、がんの治療を再開するよう説得する。愛するネムルを失いたくない気持ちから出てしまったこの言葉に、悪気は無いことはわかる。しかし、母親は妊娠した時点から、子どもと一心同体だ。その子を見たことがあるかどうか、今回の子がだめだったら次の子を、という問題ではない。ネムルは、自分の身体よりもお腹の子を無事に出産することを最優先すると決断する。
スリランカの多くの人が信仰しているという仏教。熱心な仏教徒であるネムルの一家が、度々寺院を訪れたり、仏陀に祈りを捧げたりする場面が多く登場した。
ネムルがとった選択は、ある日僧侶に聞かされた仏教説話とリンクする。帝釈天様をもてなすため、自分自身が施しものになろうと、火の中に飛び込んで身を捧げようとしたうさぎの話だ。
ネムルが生まれてくる子どもに、古代メソポタミアの言葉で「日の出」を意味する「Asu」と名付けたかったのは、授かった命がこれから何年もかけて、この世にとっての「日の出」となるような、新たな始まりをもたらしてくれる存在になることを願っていたのではないかと思う。たとえ自分がその姿を見ることができなかったとしても。
妄想パンフ
劇中に度々登場していた、ネムルが描いたと思われる月とうさぎの絵をパンフのデザインに採用。パンフの形は正方形で。タイトルは、スリランカの公用語であるシンハラ語も表記する。
また、本作で登場するうさぎの仏教説話にはじまり、日本や他のアジアの国でも月とうさぎについての民間伝承が多く存在するので、そのことについて掘り下げるページを設けたい。
作品情報
『ASU:日の出』(原題:Asu)
予告編はこちらから
監督:サンジーワ・プシュパクマーラ
95分/カラー/シンハラ語、英語語/日本語・英語字幕/2021年/スリランカ