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【TIFFレポート7日目2】偶然で必然の出会いがとかす悲しみの凍土『異郷の来客』

文=小島ともみ 妄想パンフイラスト=映女

中国の地方都市で一人、棺桶に絵を描く「画棺」を営む無口な初老の男性ジウ。土葬はとうの昔に禁止されているのだが、とりわけ年長者は火葬を嫌い、ジウが彩色を施す鮮やかな棺桶を最後の贅沢と決めている。ジウには友人はおろか家族、親族のたぐいもいない。老人ホーム暮らしでジウの過去を知るリーを除いて、あえて人との交流を避けているかのようにみえる。ある日、ジウの長屋の隣に母娘が越してきた。娘は中学1年生で、母娘の関係はぎくしゃくとしており、訳ありのようだ。はじめは無視を決め込んでいたジウだったが、屈託のない笑顔をむけてくる娘のシャオチーに心を開いていく。

寒衣節、冬至、大晦日と凍てつく冬に向かう暦に重なるように、三人を取り巻く過酷な環境が次第に明らかになる。ジウはかつて美術の教師だった。一人息子は同級生とけんかの挙句に殺されてしまった。周囲は優等生だった加害者に同情的で減刑の署名を行う。納得のいかないジウは孤立を深めて街を去り、息子の敵を討つために棺桶を用意して同級生の出所を待っている。シャオチーの母親は多額の借金をこさえて高利貸しに追われている。シャオチーはそんな母親と共に住居を転々とし、学校に馴染めずいじめに遭う。

三人ともほんの小さなつまづきで社会の本流からはじき出されてしまった人々である。しかし誰もかれも自分の生活に忙しく、救いの手が差し伸べられることはない。そもそも社会そのものがついて来られる者だけを抱えて突き進んでいるのだ。中国で一人っ子政策が廃止されたのは2016年だが、この作品で描かれているのは2017年。劇中では熾烈な受験戦争をはじめ、一人っ子政策が親子関係に与えた影響と社会の変容がさまざまな形で随所に顔をのぞかせる。どれもややドラマチックに描かれているのは、当時を振り返る監督の批判の目なのだと思う。

ジウの作業場の片隅にある手つかずの棺桶。私たちは当然、息子を殺した同級生をみずからの手で葬り去るために用意したものだと思う。しかしそこには秘密があった。ジウが長い歳月をかけて本当になきものにしたかったものの正体を知るとき、奪われた命が与える傷の深さにハッとさせられる。

犯罪被害者の悲しみ、若年犯罪者の親の苦悩、シングルマザーの生きづらさ、いじめなどヘヴィなテーマがこれでもかと詰め込まれているが、シャオチーのまっすぐな明るさが三人を繋ぎ合わせ、時にクスッと笑わせて観る者に希望を抱かせてくれる。それぞれの心情は台詞ではなく表情と仕草で語られているのは、この作品が「こうでなければならない」という押し付けがましさや、一方向の正しさに背を向けているからだろう。見過ごしてきたものに気づかせ、こぼれ落ちた部分を照らす優しさがある。厳しい冬を越えた者たちがそれぞれ迎える春。ラストは残された者たちの行く末に思いを至らせる豊かな余韻で締めくくる。

妄想パンフ

映画を象徴するこの場面を。鑑賞後、棺桶のなかにあるものを思い出しながらあらためて眺め余韻に浸りたい。劇中に出てくる冬至の名物の餃子が美味しそうだったので、ぜひ再現レシピを!とりわけタレ、どんな味なのか知りたい。

作品情報

『異郷の来客』(原題:The Coffin Painter[异乡来客])
予告編はこちらから
監督:ダーフェイ [大飞]
キャスト:ルオサンチュンペイ、ジャン・ズームー、リウ・ルー
96分/カラー/北京語/日本語・英語字幕/2021年/中国

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