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【TIFF7日目レポート1】鈍色の空を撃つアリサカライフルのリズム『アリサカ』

文=屋代忠重

人生には3つの坂がある。上り坂、下り坂、アリサカだ。そんなタイトルにもなっているアリサカとは1897年に当時の日本陸軍で採用されたボルトアクション式小銃とその派生系の総称で、設計者の有坂成章からその名を取って、有坂銃や最初期型は三十年式歩兵銃とも呼ばれ、世界でもアリサカライフルとして今も狩猟などで使用される場合がある。余談だが劇中で使用されているアリサカ銃は、年代的に1905年に南部麒次郎の手によって改良された三八式歩兵銃と思われる。

女性警官のマリアーノは麻薬組織を巡る裁判で証人として出廷予定の副市長を護送中、組織の息がかかった警察官らの襲撃を受け、仲間の警官や副市長を殺されてしまう。唯一生き延びたマリアーノは、なんとか現場から逃げ延びる。そこはバターン死の行進の36キロ地点を示していた。これから始まる死の行程を予期するかの様に。

追手を振り切ったマリアーノは、重傷を追いつつもなんとか先住民に匿ってもらう。
匿った先住民はアエタ族と呼ばれ、舞台となるバターンがあるルソン島の山林を中心に生活しておりフィリピンでも最古の先住民と言われている。日本軍やフィリピン人達から差別的な扱いを受けてきた歴史から、自分たちの暮らす山林に踏み入る人間を快く思っていない。

マリアーノを追う麻薬組織の息がかかった警官のボスであるソニー達の部下も、森の奥に入る事を躊躇う。バターンの森では多くのフィリピン兵が逃げ込み、日本兵と戦った場所なので、気味悪がっているのは勿論、ルソン島の近くのルバング島で、過去に日本軍の生き残りが森に潜伏し、入り込んだ現地人を無差別に殺戮した経緯もあるだろう。そんなソニー達も森に住むアエタ族を殺戮して回る。アエタ族の少女の言葉「歴史は繰り返される」が辛い形で現実となってしまう。

助けてもらったアエタ族の仇打ちのため、マリアーノは少女に導かれ、洞窟で果てた日本兵の亡骸の側にあったアリサカ銃を手にする。逃げる途中で拾った水筒から、少女を通じて運命に引き寄せられるかの様に。戦後70年以上の時を経てアリサカが再び火を吹く。アリサカ銃が登場した当時、7.5mm口径の弾が一般的だった歩兵銃において、三八式は6.5mm口径を実現。製造時に必要な物資が節約できるうえ、口径が小さくなったことによって殺傷力こそ落ちるが、世界トップクラスとなる破格の命中精度を誇った。長い銃身が故に森林での運用には不向きなのだが、ソニー達がひらけた河原に拠点を構えたものだから、マリアーノの射撃は当たる当たる。これまでのジワジワした展開から一転。クレイグ・ザラーを彷彿とさせるゴア表現でソニーの部下を次々と葬る。ソニー達からすれば上り坂からの下り坂、そしてまさかのアリサカだ。

ソニーに近距離戦に持ち込まれ乱戦となるも、激闘を制したマリアーノは、満身創痍になりながらも森を抜けて幹線道路にでる。孤独になった少女を気にかけて振り返った時には、既に彼女の姿はなかった。アエタ族は森を出て暮らせないのである。
1991年にピナツボ火山が噴火したとき、罹災したアエタ族は森を出て避難キャンプに入った。
これまで外との交わりを持たなかった彼らには、キャンプの劣悪な衛生環境からくる感染症に耐えることができず、多くのアエタ族が命を落とした。
たどり着いた場所を強く見つめるマリアーノは、フラフラになりながらも歩き出す。バターン死の行進のあの地点から。絶望と希望をないまぜにして、リストの名前を呟きながら。雨降る鈍色の空を撃つ銃声はもう聞こえない。

妄想パンフ

正方形サイズで表紙は洞窟の中で炎の灯に照らされる日本兵の亡骸とアリサカ銃。ルソン島の森に眠る怨讐の歴史の連鎖を示唆するように。

作品情報

監督:ミカイル・レッド
キャスト:マハ・サルバドール/モン・コンフィアード
予告編はこちらから
96分/カラー/フィリピン語/日本語・英語字幕/2021年/フィリピン

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