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【TIFF5日目レポート1】「ウィズギャング」社会の地獄『市民』

文=竹美、妄想パンフイラスト=映女

メキシコではギャングの跋扈により、たくさんの人が誘拐され、行方不明になったり残虐に殺害されている。荒れ果てた社会の中で、親を誘拐された子供たちが騎士団のように立ち上がる映画『ザ・マミー』(イッサ・ロペス監督)は、この問題をホラーとして描き、最後に悲壮すぎる希望が描いた。

本作『市民』は、若い娘ラウラの誘拐事件の顛末を母親シエロの視点から描く。シエロはある日、「誘拐した娘を返してほしければ、身代金と、別居中の父親の車を渡せ」と若いギャング達に脅される。何とかお金を集めて渡したが、ラウラは返してもらえない。警察も誰も頼れないと悟ったシエロは、自らギャング達の情報を集め始めた。そこへ、対ギャング対策の軍の中尉が接触してくる。

メキシコ社会がなぜこのようになったか。国内の経済格差や過去の経済不況のほか、レーガン政権によるコロンビアのコカインマフィア殲滅の結果、メキシコのギャングが成長してしまったことが大きい。しかしながら、この状況は、男性に顕著なマチズモや、メキシコ男性の何とも言えない心の閉ざし方、それを支える母親の力強さや大家族主義など、様々な要因がにじんだ現象なのかもしれないという気がしてしまう。

そもそも、ギャングと何の関係もないはずのラウラがなぜ誘拐されるに至ってしまったか。それが最後の方で分かってくるのだが、あまりにも下らない理由だ。そもそもお金のためですらなく、男のメンツの問題だったと描かれる。お金のために誘拐ビジネスに手を染めた実在の家族を描いたアルゼンチン映画『エル・クラン』とはそこが全く違っている

ラウラを誘拐した主犯格の男は、一方で家族を大事にしているが、その「家族を支えるため手段を択ばない、男らしい自分」という自己像こそが彼の全てである。彼には大事な家族がおり、家族もまた彼を想っている。主犯の母親の様子を見たときの何とも言えないシエロの反応が、家族主義の二面性を思わせる。つまり、彼らにとっては、主犯…それも組織の大して上の方ではない…男を陥れたシエロこそが憎い仇である。

私はかつて、メキシコ人男性と同棲していたことがあるのだが、彼の「あそこでは、驚くほど安いお金で人を殺せる」という言葉が思い出されたがようやく意味が分かった。暴力組織ありきの社会の中で、暴力が怖いからギャングにいやいや従っているというだけでなく、むしろ人々がその状況を暗に利用しさえしている状況が示唆されているのである。ちなみに彼は帰国後、銃を販売していると噂で聞いた。彼はそちら側に乗ることを決め込んだのかもしれない。

劇中に頼もしく登場する中尉は、誘拐組織摘発のためには手段を択ばない冷酷な人間である。彼が語る自分の故郷の村の思い出話は、メキシコが現在のような惨状を晒すようになる前の時代への郷愁を感じさせ、苦い。

尚、シエロの別居中の夫は、最初シエロの訴えを信じない。そういうところだぞ…と観客は思うわけだが、彼は厳しい現実に素早く適応していく中で、自分をすり減らしてきたような悲哀も感じられる。

ラストシーンは、自宅の外で煙草を吸うシエロのもとへ、誰かが訪ねてきた様子を横から捉えている。誰がどのような目的で訪ねて来たにせよ、シエロの市民の戦争の行方は分からない。最後まで緊張感に溢れた傑作でもあるが、その緊張感が作品の力もさることながら、現実の状況によって醸し出されているという救いの無さが心に残った。

妄想パンフ

荒野に無力に佇むシエロを遠くから捉える。彼女の力強さよりも、その弱さ、当惑、不安、絶望に目を向けた感じに。中は、荒野のメキシコと、鮮やかな色使いの家々と美しい服の刺繍という明るいメキシコが鋭く対立するように配置。

作品情報

監督:テオドラ・アナ・ミハイ
キャスト:アルセリア・ラミレス、アルバロ・ゲレロ、アジェレン・ムソ
予告編はこちらから
135分/カラー/スペイン語/日本語・英語字幕/2021年/ベルギー・ルーマニア・メキシコ

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