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【TIFF4日目レポート1】奇妙なかたちの愛のテロリズム『その日の夜明け』

文=屋代忠重 妄想パンフイラスト=映女

本作の主人公、パブロ・ネルーダは1971年にノーベル文学賞を受賞したチリの国民的詩人である。スペイン戦争を目の当たりにし、共産主義者となった彼は共産主義が非合法とされたチリにおいて追われる身となったため、人生の大半を国外逃亡で過ごすことになる。映画「イル・ポスティーノ」で描かれる彼は、この時のイタリアでの逃亡生活を基にしている。
本作はまだ世界的詩人になる前のパブロの物語だ。

1929年、若き詩人パブロ・ネルーダはチリの領事として職を得て当時イギリス領スリランカのセイロンに赴任する(詩人で外交官という点は、日本だとポール・クローデルが馴染み深い)。彼は前任地ビルマのラングーン(現在のミャンマーのヤンゴン)で愛し合った恋人のヨシーの嫉妬に耐えきれず、逃げる様にして新任地のセイロンにたどり着いた(実際のヨシーも嫉妬深く、パブロに近付く女性を襲撃する事があったそうだ)
セイロンで落ち着いた暮らしを望むパブロ。サッキリと呼ばれる不可触民の祭りに参加したり、パッツィーという女性と恋に落ち、全てが上手くいっていたと思っていた矢先、ヨシーがセイロンまで追っかけてきたのだ。
女を愛し愛に生き、愛の詩を詠み続けたパブロが1人の女性の愛に苦しむ事になる。パブロはヨシーの愛を拒み続け、根負けしたヨシーも涙ながらにセイロンを去る。

望んだ平穏を取り戻したパブロ。そこで彼は毎夜明けに便所を掃除するサッキリの女に心を奪われる様になる。様々なアプローチを試みるが一進一退を繰り返す日々。いつしか彼は病んだ様にサッキリの女に焦がれる様になる。
そして”その日の夜明け”はやって来る。パブロの前に現れたサッキリの女。それは赤い衣を纏ったパールバティのような神々しさを湛えていた。そう、パブロの前では…。

何故この映画がスリランカで製作されたにも関わらず、支配する側であるパブロが主役なのか?その疑問の堤防が決壊したかの様に、答えが一気にこれまでの話を押し流す。これは愛の物語を装った、博愛の男の無自覚で潜在的な差別と性暴力の映画だ。
作中これまで愛に生きた男として描かれたパブロの穢らわしさを容赦なく断罪する。そして現代にもその穢らわしさが蔓延り続けている事を示唆する。美しさと空虚さが同居する姿を残して。

妄想パンフ

表紙は赤い衣を纏ったパールバティの像。慈愛と破壊の二面性を持つパールバティは正しく本作で描かれるパブロを象徴するに相応しい。
表紙裏には海で身を清めるサッキリの女の姿。
作品の本質を表している。

作品情報

監督:アソカ・ハンダガマ
キャスト:ルイス・J・ロメロ/アン=ソレンヌ・ハット/リティカ・コディトゥワック
予告編はこちらから
108分/カラー/英語、スペイン語、タミル語、シンハラ語/日本語・英語字幕/2021年/スリランカ

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