映画パンフは宇宙だ!

MAGAZINE

【PATU REVIEW】プロメテウスの恍惚と罰

文=屋代忠重

人は社会から隔絶されると発狂してしまう。この現代において、人を人たらしめているのは、社会と繋がる事によって得られる社会性の維持である。個人であれ集団であれ、それを喪失した時、往々にして人は狂気に走り、その狂気は得てして暴力として発現する。その正体は無反省に肥大化したイデオロギーや信仰心、ルサンチマン、果ては愛だ。まだ科学がそれほど発達していない時代の人々は、神々や悪魔、幽鬼にその発端を求め、それによって幾多の事件が起き、古いおとぎ話や伝承、神話、歴史など、あまたの記録として残されてきた。またそれは、あらゆるフィクションが好んで取り上げる題材となった。

現代の私たちがそういったフィクションに触れる場合、当時の人々が恐れた暗闇に光を当て、真相を明らかにすることで「ああ、やはり実に恐ろしいのは人間だよね…」という結論に至る事が多い。しかし、今回取り上げる「ライトハウス」が長編2作目となるロバート・エガース監督は、そこで話を終わらせない。

「ライトハウス」は1801年に起きた実際の事件「スモールズ灯台の悲劇」をベースに、H・P・ラヴクラフト、サラ・O・ジュエット、H・メルヴィルなどから着想を得た。そして徹底したリサーチによって、途切れることのない緊張感と、不気味さを帯びた怪奇と狂気の阿鼻叫喚を生み出している。画面に映し出される吹きすさぶ嵐や、荒れ狂う海は全て実際に撮影されたもので、前作「ウィッチ」でも大活躍した”よくトレーニングされた動物たち”が見せる迫真の演技。そして作中を通して呻く様に鳴り続ける霧笛が、この映画に常に不吉をもたらし続けている。登場人物もウィンズローとトーマスのほぼ二人で、演じるロバート・パティンソンとウィレム・デフォーが過酷な環境に曝された中での二人芝居に近い。映画のリハーサルも時間をかけて行われ、リハーサル大好きなデフォーと、リハーサルにナーバスになっていたパティンソンが、まるで当て書きしたかのように今回の配役にマッチしている。また、灯台の灯番を熱望するウィンズローをヘパイストスの鍛冶場から火を盗み人類に与えたため、ゼウスの怒りを買ったプロメテウス、トーマスを自在に姿を変えられ、予言の力を持つ海の老神プロテウスというギリシャ神話の神々に見立てていて、作中でもその役割がうまく機能しており、二人のやりとりだけでも十分な見応えとなっている。

1890年代のニューイングランドの孤島にやってきた新米の灯台守ウィンズローは、ベテランの老灯台守トーマスにパワハラまがいの…というかパワハラを受け、着任初日から険悪な空気に包まれる。しかし、衝突を繰り返しながらも、徐々に仲を深めていく二人。このまま任期を無事終えられるはずだった。ある出来事を境に風向きが変わってしまうまでは…。世界から隔絶され、大嵐に包まれた絶海の孤島で、二人の関係性はより激しく、より深く、糾える縄のごとく衝突と友好を繰り返す。その過程でそれぞれが抱えている秘密が明らかになっていくが、私はそれを簡単に信じることが出来ない。何故なら、二人の話が全く食い違っているのだ。ウィンズローが着任して一体どれだけの時間が流れたのか?救命ボートを本当に破壊したのは誰なのか?目の当たりにしたヒトならざるモノとは?黒澤明の「羅生門」の様に、真相が全く見えてこない。むしろ「羅生門」は虚栄心からくる人々の欺瞞を暴いて、真相を提示して見せた。しかし、一向にこの映画は真実を示唆する描写が出てこない。そして混乱し戸惑う私は、この映画で真相を探るのはあまり意味が無い事に、はたと気付いたのである。

前作「ウィッチ」でもそうだったが、監督は人々を狂気の渦に飲み込ませる元凶となる恐怖の正体を、割と早い段階で提示してみせる。そしてそれはまるで「これから映画で起きることは、こいつらが引き起こしている事だから、映画の黒幕とか真相ではなく、悪夢のような出来事に集中して欲しい」という宣言にもみえる。しかも劇中で起きている事態に対して、説明は一切ない。ただ悪夢のような惨事が、積み重なっていく様を見せつけられるのである。だから二人の会話の齟齬の真相を考えても無駄なのだ。おそらく序盤でウィンズローが見たアレに呪いをかけられたのだから。ウィンズローも我々も、目の前の出来事を正しく捉えているのか、もはや定かではなくなっているのだ。まんまとロバート・エガース監督の術中にハマったのだ。

思えば私たちの日常生活においても、真偽不明の情報が溢れかえってしまっている。様々なメディアで流れるニュースは齟齬で満ち、双方にファクトチェックが必要であり、誰でもフェイクが作れてしまう現代は、彼らが孤島で見たものとそう大差ないのではないかと思えてしまう。そう考えると、私たちも社会に身を置きながら、断絶された中を生き、現在進行形で発狂しているのかもしれない。狂気の先にあるものは暴力だ。その流れを止めるのは、理性であり、個人の繋がりという、よりミクロな社会であるが、本作の二人の関係性を見ると、狂気の根源の前では全てが紙一重の薄弱な存在に見えてしまう。いつか彼らの様に、取り返しのつかない狂気へと走ってしまうかもしれない。いや、ひょっとしたら、もう…既に……。本作を通じてそんな空恐ろしさを、ロバート・エガースは観客の無意識に植え付けているのかもしれない。

作品情報

『ライトハウス』
原題:THE LIGHTHOUSE
監督:ロバート・エガース
脚本:ロバート・エガース/マックス・エガース
出演:ウェレム・デフォー/ロバート・パティンソンほか
制作:2019年 アメリカ 109分
※2021年7月9日(金) 全国ロードショー
公式サイト

関連パンフ奥付情報

『サスペリア』
発行日:2019年1月25日発行
発行社:東宝(株)映像事業部
発行権者:ギャガ(株)
編集:東宝ステラ
デザイン:大島依提亜
印刷所:久栄社
定価:815円+税

『ハイ・ライズ』
発行日:2016年8月6日発行
編集・発行社:株式会社トランスフォーマー
発行権者:ギャガ(株)
デザイン:山田裕紀子(Ultra Graphics)
定価:700円(税込)

Share!SNSでシェア

一覧にもどる