映画パンフは宇宙だ!

MAGAZINE

【PATUREVIEW】ネット社会のいまを映すがごとき『アオラレ』

文=小島ともみ

 ロサンジェルスで運転中に事故を起こしたことがある。いや、遭ったというべきか。ザ・オリジナル・ファーマーズ・マーケットに近いフェアファックス・アベニューとサード・ストリートの交差点。「左折進め」の信号が点滅を始め、ゆるやかにスピードを落とし始めた私の車の横腹を後ろからスピードを上げて来た車が擦っていった。あっ、と思ったときには遅く、ぶつかった衝撃で外れた車のホイールカバーが目の前を転がっていった。双方ともけががないことにまず安堵したが、相手の車を見て肝が冷えた。真っ赤な高級車で、中は黒の総革張り。運転していたのはガタイのいい男性だった。あきらかに観光客の私を見て、そして拙い英語を耳にして、彼は初めとても親切だった。「大丈夫? どこか痛めてない? リラックスして」。しかしいざお互いの免許証と保険証の情報交換を…という段になって彼は態度を一変させた。「レンタカー会社の保険なんか保険じゃない、俺の保険を見せるわけにいかない」ととりつく島もない。この手の事故はカバーする保険だといくら説明しても聞いてくれないうえに、攻撃的な話し口調で何やらまくしたててくる。早口過ぎて、怒っているのと文句を言っていることしかわからない。困り果てた末に、待ち合わせ予定だった相手に電話をして来てもらった。男は、自分と同じくらいのガタイの白人男性があらわれたのを見て、今度は完全無視を決め込み、どこやらに電話をかけ始めた。仕方なく警察を呼び……詳細は省くが事なきを得た。その後も何度かロスで運転することがあり、何度か事故を目にした。大通りで、駐車場で、フリーウェイで。路上で怒鳴り合い、つかみかかる人たちもいた。かの地を初めて運転したときには、車事故専門の弁護士の広告がやたらと目につくなあと驚いたが、じきに実際のところ必要なのだと悟った。

 前置きが長くなったが、『アオラレ』をそんな車社会アメリカでの悪夢的出来事を描いたアクション・スリラーとして観るだけでは勿体ない。映画は、どちらが悪いとも言い切れない些細なきっかけから始まる。信号が青になったのに進まない男(ラッセル・クロウ)にしびれを切らして思いきりクラクションを鳴らしたシングルマザーのレイチェル(カレン・ピストリアス)。抜き去った彼女に追いつき、男は言う。「あんなにクラクションを鳴らすことはないだろう。マナーが悪い。謝ってくれ」。しかしレイチェルは、息子の手前もあってか、頑として謝らない。じつは双方ともにお互いのみえないところで重たい事情を抱えている。男は仕事をなくし妻とは離婚して人生のどん底にいた。レイチェルはひとり息子を抱え、無茶な要求を突きつけてくる夫と離婚協議中であり、不本意な解雇にも遭う。ストレスゲージがレッドゾーンいっぱいの二人が出会ってしまったのだ。不幸な自分がこれ以上不幸になっていいはずがない、相手に弱みを見せたらさらに負ける。そんな意地の張り合いが二人を地獄のデッドヒートへと導いていく。

 この図式はそのまま、巣ごもり生活のストレスも相俟ってか、最近SNS、とりわけTwitter上でしばしば見られるトラブルに当てはまるのではないかと感じてしまった。わずか140文字。誤解を招く表現を使ってしまったり、強い語調になってしまったり、口汚い言葉、逆に思い違いの解釈もあるだろう。そこで「謝ってほしい」といわれたら? 心のどこかで悪いと思いながら、やりとりの外にいるユーザーたちの目が気になって自己弁護と正当化に走ってしまう。「そもそもこれぐらいで」「これぐらいとは何だ」、相手も怒りの度合いを上げ、アオリ、アオラレ、一瞬にしてヒートアップしていく場面を、誰もが一度くらいは目にしたことがあるはずだ。こんなときにはどうすればいいのだろう。劇中では、義侠心をみせて巻き込まれる人、何が起きても知らぬ存ぜぬを決め込む人と反応は両極端にわかれる(これもまさしくSNSの世界そのもの)。そんななかで一人、事態を冷静にみつめる者がいる。車の後部座席、レイチェルの視点から文字どおり一歩引いたところにいる息子のカイル(ガブリエル・ベイトマン)だ。「ママが悪いよ」と彼は母親に言う。相手への言葉が過ぎるとたしなめ、答える義務も必要もないときには「構うな」と忠告する。トラブル回避法のひとつをナチュラルに示すカイルの言動は、ネット上でいがみ合うインターネット老人(長く棲息する者)たちを冷ややかに見やる若者たちのそれではないか。ここで羞恥心を覚えなければ、正しく生きている証拠だ。安心していい。そうでないなら……頭の片隅に自分を見つめる自分を置くように努めよう(自戒を込めて)。

 ラッセル・クロウ演じる男が名前を与えられていないのは象徴的だ。白人男性が怒りをエスカレートさせて暴走する映画といえばマイケル・ダグラス主演の『フォーリング・ダウン』(1993)を思い出す。しかしあの作品では主人公のウィリアムにまだ人間味があった。彼は娘に会いたかっただけであり、保安官のみせる同情に反応し、「俺が悪者なのか?」と自分が物語の悪役であることに気づいてがく然とする。ラッセル・クロウは違う。圧のかかる巨体で問答無用にすべてをなぎ倒していく。彼に守るべきものはないし、善悪を超えた観点から、おのが欲望のたがを外して(原題のunhingedだ)暴走する。疫病とともに理不尽が吹き荒れたポストコロナの社会に蔓延る悪意は、想像以上に根深く、執念深く、厄介なのかもしれない。

作品情報

『アオラレ』
原題:UNHINGED
監督:デリック・ボルテ
出演:ラッセル・クロウ、カレン・ピストリアス、ガブリエル・ベイトマン他
製作:アメリカ
90分/2020年
※5月28日(金)より全国ロードショー
公式サイト 

関連パンフ情報

『ヒッチャー』

『スプリー』

Share!SNSでシェア

一覧にもどる