文=竹美
『ゴッズ・オウン・カントリー』のフランシス・リー監督作『アンモナイトの目覚め』を観た。今度は19世紀に実在した古生物学者メアリー・アニングの人生に脚色を加えた、女性二人の物語である。
19世紀半ばのイギリス。メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)は、田舎町の海岸で延々と化石を掘り出してはロンドンの学会に送り、一方で土産物屋を営みながら母(ジェマ・ジョーンズ)と二人で暮らしていた。あるとき化石収集家ロデリック・マーチソンがその妻シャーロット(シアーシャ・ローナン)を伴って来店。その後シャーロットが療養のために街に残ることになり、メアリーはその世話を頼まれた。渋々一緒に過ごす二人は次第に打ち解けていく。
土にまみれて働く人々に対するフランシス・リーの目線は優しい。『ゴッズ』もそうだったが、地味で汚れの目立つ労働ばかりしている同性愛者を描く映画も珍しい。特に、その中で二人が幸福や生きがいを見いだしていくという展開は極めて貴重だ。まずもって同性愛者のような「外れモノ」を排除するのは田舎であったからだ。監督にとって出身地である「田舎」とはどんな場所だったのだろうか。
また、多くのゲイ・レズビアン映画が比較的富裕な人々を描くのに比べて、明らかに質素なのも面白い。『ブリジット・ジョーンズの日記』でブリジットの破天荒な母を演じ、『ゴッズ』では主人公ジョニーの祖母を演じたジェマ・ジョーンズは、本作では廃墟だ。何人もの命が体を通って出て行き、この世を去ってしまったことに疲れ果てている。
ケイト・ウィンスレットの演技も冴えている。外界に対して容易に心の中なんか見せてやらないぞという心の城壁が見える。その向こうから、ちらほらと若くフレッシュなシャーロットを窺っているところが切なくもあり、年取るってこういうことだと思った。本作の趣旨からは外れるのだろうが、年の差カップルって、どうしたって、年上の方が年下に「教える」ようなところが出てしまう。それに気が付くと年下は激しく反発するものだが、ここの二人はそこまで行く前に、再び離れ離れになってしまう。
シャーロットは彼女なりにメアリーと一緒に過ごす方法を考え出したのだったが、それはメアリーの人生の全てを根本から覆すものになってしまう。メアリーにしてみれば、大胆なほどの赤く美しい服を着てロンドンにやって来てみればこれかよ…というあの落胆。でも誰かを求めるってそういうこと。自分を思い切って投げ出してみる他ない。そして必ずしもうまく行くわけではないということも、メアリーはもう知っている。メアリーの描写で面白いのは、実は地元に年上の元カノがいて今でも多少の親交があるというところ!これは驚いた。シャーロットにそのような相手はいない。基本的に家の中で過ごし、仕事もさせてもらえない。
最近、ロマンチックラブによって最後二人が生活を結合させるタイプの映画作品に対しての不満をよく目にする。同性愛者が映画の中で安全にロマンチックラブを享受できるようになってまだそんなに経っていないし、同性婚も実現していない日本において、既に「性愛だけじゃないじゃん、人間の関係は」「もう婚姻は要らない」という声が聴こえてくる。本作のラストはそういう人にはどう読めるだろう。
ようやく二人が打ち解けて、海岸に二人で座ってこちらに背を向けて海を見ているシーンがあるが、メアリーが海を眺めている表情を見るだけで涙が出た。色んなことを経験して、色んなことを思い出して、自分に向かって色んな警告を発しながらも、「今」という時間を目一杯楽しんでいる。メアリーにとってはもうあれで十分だったかもしれない。ラストカットがあのシーンでもよかった。こちらに背を向けている登場人物は概ね希望に満ちているからである。だが監督は本作のラストで、今という瞬間を前に言葉を失った二人を横から捉えた。様々な未来を感じさせる終わりである。あの二人は、ロマンチックラブを超えて、人生を支え合える間柄になって行くのかもしれない。そのような目立たない形で歴史の中に埋もれる化石となり、あるとき不意に、後年の人間を驚かせるのだろう。不完全でもどんな形でも、名前をつけようがなくとも、ここにも確かに二人の人生があったのだと。
作品情報
『アンモナイトの目覚め』
原題:Ammonite
監督:フランシス・リー
出演:ケイト・ウィンスレット、シアーシャ・ローナン、ジェマ・ジョーンズ、アレック・セカレアヌ
製作:イギリス
118分/2020年
パンフ情報
【奥付情報】
発行日:2021年4月9日
発行所:東宝株式会社映像事業部
発行者:大田圭二
印刷所:株式会社 久栄社
編 集:株式会社東宝ステラ
デザイン:奥田ひさみ(TOHOマーケティング)
定 価:880円
関連パンフ情報
『ステージ・マザー』
#PATU
『ステージマザー』パンフ
とTシャツ←いただき物ぎゃー
ブルボンヌさんとよしひろまさみちさんによる熱いコラムも収録。小さいながらも充実した内容。色使いも好き。
ラストシーンでの『Total Eclipse Of The Heart』歌唱。涙を出し切った後の清々しいジャッキーウィーヴァーの顔に涙。 pic.twitter.com/DXuiqnKPOj— 竹美 तकेमी తకెమి 다케미 (@tonchantonchan) May 5, 2021
『燃ゆる女の肖像』
【奥付情報】
発行日:2020年12月4日
発行者:大田圭ニ
発行所:東宝株式会社映像事業部
発行権者:ギャガ株式会社
編集:株式会社東宝ステラ
デザイン:石井勇一(OTUA)
キャストインタビュー翻訳:野津千明
印刷:株式会社久栄社
定価:746円+税
『#燃ゆる女の肖像』(2019)📚
デザインは石井勇一さん!
表紙は本作の舞台の18世紀当時、製本で多用されていたマーブルペーパーをイメージされたのだそう。
内容の一色刷りのページは、緑とえんじの二種類で構成され、マリアンヌとエロイーズそれぞれが着ていたドレスの色を彷彿とさせます#PATUREVIEW pic.twitter.com/DilgoZA5OW— 鈴木隆子 (@tacaco125) May 8, 2021