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【PATUREVIEW】名前も顔もない街の人に挨拶をした『街の上で』

文=屋代忠重

 「今泉力哉監督の下北沢を舞台とした新作映画」この報せを聞いて『愛がなんだ』で今泉作品に初めて触れ大感激した私は、大きな期待と一抹の不安を覚えた。映画の題材として下北沢という街は強すぎて、街の風景をなんとなく撮ってしまえば、それとなく出来上がってしまうかもしれない。そこに下北沢に縁のある著名人がカメオでチラッと出てれば、それこそ中身は無いけどお洒落な雰囲気のそれなりの映画になってしまうだろう。しかし今思えばそんな不安などは杞憂に過ぎなかった。むしろ「サッドティー」のオフビート感や『こっぴどい猫』『最低』のような女性たちに翻弄されるダメ男と言った、今泉監督の初期作品に近いテイストのクスッと笑える傑作コメディに仕上がっていた。

 古着屋で働く青年、荒川青は恋人の雪に浮気されフラれてしまう。まだ雪のことを諦めきれない青に、美大生の町子から自分の映画に出欲しいと依頼される。別れから始まる青の空回りと、彼をとりまく挿話が時に交わり離れ、そして重なったりする。「ここは笑うところです!」という大袈裟な演出はない。一貫して平熱を保ったままストーリーは進行する。しかしあるシチュエーションに対し、必死な様子の人々がその平熱感と相まって、余計に可笑しくなってくる。
 
 私も十数年前まで下北沢で多くの時間を過ごしていた。だからこの映画を観た時はとにかく、その時の思い出をダブらせてしまった。荒川青がたどる下北沢の昔から変わらない景色、そして再開発で変わってしまった知らない景色。「THREEには1度だけ出演した事あったなぁ。当時はお隣のベースメントバーの方によく出てたっけ。」などと当時の思い出に私はまんまと浸ってしまう。まるで落ちては積る砂時計を見つめるような。
 昔ほど下北沢を訪れなくなってしまったけど、見たことない街へと変化しているけど、確かに思い出としての下北沢は映画の中に残っている。工事現場が映る中で、芹澤興人演じるパスタ屋のオーナー竹原が漏らすセリフが、そんな思い出の砂にきらめきを与える。

 映画の登場人物たちは、そんな過去と未来が往来する街の上を現在進行形で生きている。青は今も本を読みながら古着屋で店番しているだろうか。冬子は変わらず、かわなべさんのいない古書店で働いているのだろうか。町子はトリュフォーを超える気持ちで、これからも映画を撮り続けるのだろうか。「アルプススタンドのはしの方」が大ヒットしたおかげで、イハは名字を説明しやすくなっただろうか。あれから雪は素直にやれてるだろうか。
ーみんなはまだ同じ街の上に立っているのだろうか。
 過ごした時代はだいぶ違うけど、彼ら彼女らと同じ街を見ていた。同じ通りを歩いていた。同じ階段を登っていた。まるでかわなべさんを偲ぶ様な気持ちで、自分をスクリーンに映る道に立たせてみる。映画の中に自分の姿はないけれど、確かに自分はそこにいた。落ちる砂の一瞬のきらめきみたいだ。そしてそのきらめきをもう一度観たくて、また砂時計をひっくり返す。

 しかし、この映画はそういった下北沢への個人的な思い入れだけに頼るような貧弱な作品ではない。あくまでこれは青が出会う人たちとの会話劇であり、各々にとってそこにいて欲しかったあの人や、いたはずの自分の存在と不在の揺らぎの映画だと思う。誰にだってあの人がいてくれたら、自分がいればと思う瞬間はある。その時のやるせなさに、いかに代わりで埋め合わせるか、向き合って進んでいくかというテーマがあったように思える。だからこそ映画の終盤、ある人物が青につくちょっとした嘘が、不在の痛みに優しく寄り添い、エンドロールで流れるラッキーオールドサンの「街の人」が、季節の風と一緒にさらってくれるのだ。
そして日常の些細な切り傷を慈しむ様な、不思議で穏やかな感覚が、鑑賞後のあなたの心に残るだろう。

 そもそも、本来ならこの映画は2020年5月に公開されているはずだった。もはや説明の必要さえないCOVID-19の猛威で、この映画も例にもれず公開日を延期することになった。公開日が延期されると、作品の持つ鮮度が失われかねない。関係者は非常に悔しい思いをしたと思う。しかし、公開延期の間にキャスト達はどんどんヒット作に出演し、延期前と後でキャストプロフィール欄の出演作のアップデートが凄いことになっている。更に今泉監督のもう一つの新作「あの頃。」と公開時期が前後した上に、1ヶ月ほどのインターバルしか開かない事態に。これも出演者もかなり被っているのが転じて、両方をチェックしてあの時のアイツをスクリーンで見つける楽しみも出来てしまった。禍福は糾える縄の如しとはよく言ったもので、なんだかんだで延期が追い風になっているじゃないか!劇場公開まで長かったけど、結果オーライなのだ。(時間の長い短いなんて、イハに鼻で笑われそうだが)
 公開館も順次拡大しているので、是非とも映画館へ足を運んで、あの気まずい雰囲気に空回りする人々の可笑しさを、劇場のみんなで共有して欲しい。そして鑑賞後、ぜひパンフを購入して欲しい。充実の内容もさることながら、終わりの方に掲載されてるあるメモを読んで、あの時誰もが想像したけど、観ることのなかったやり取りを想像して欲しい。きっとそれは私たちの日常と地続きになっている。いまも誰かがどこかの街の上で。

作品情報

『街の上で』
監督:今泉力哉
脚本:今泉力哉・大橋裕之
出演:若葉竜也・穂志もえか・古川琴音・萩原みのり・中田青渚・成田凌(友情出演)ほか
制作:2019年 日本 130分
【奥付情報】
発行日:2021年4月9日発行
発行:「街の上で」フィルムパートナーズ
デザイン:寺澤圭太郎/鈴木規子
定価:880円(税込)

関連パンフ情報

『愛がなんだ』
発行日:2019年4月19日発行
発行:映画「愛がなんだ」製作委員会
配給:エレファントハウス
編集:マジックアワー
編集協力:遠藤薫
デザイン:石井瑛美(ヘルベチカ)
定価:800円(税込)

『あの頃。』
発行日:2021年2月19日
編集・発行:ファントムフィルム
デザイン:フルスイング
印刷:アベ印刷
定価:820円(税込)

『花束みたいな恋をした』
発行日:2021年1月19日発行
発行人:孫家邦
発行所:株式会社リトルモア
デザイン:石井勇一
イラスト:朝野ペコ
表紙デザイン:マルマン株式会社
印刷・製本:株式会社シナノパブリッシングプレス
定価:900円(税込)

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