文=なな
エリア・スレイマン監督演じるナザレ出身のイスラエル人である主人公「エリア・スレイマン」(以下スレイマン)が自身の映画の企画の売り込みに、ニューヨークの制作会社へ赴くなかで新たな故郷を探そうとするロードムービーだ。旅の道中起こる出来事がスレイマンに関わることはほとんどない。のどかな美しい映像美を堪能する、幻想的な時間が続く。風景の一部の人間が、時折見せる人間臭さや滑稽なひと悶着にクスリと笑ってしまう。しかし映画の持つメッセージは鋭利に国際社会に疑問を投げている。
主人公と監督の生まれの地域であるパレスチナの抱える問題は、遡れば紀元前、掘り下げていけば世界史、宗教問題から時事問題にまで必然的に足を踏み入れないと理解が追い付かない。地域の歴史は根深く、現在の国際問題につながっており、にも関わらず映画でも人々は「私の国には関係ない」と興味ゼロ。ニューヨークの映画製作会社に行く道中、ニューヨークの映画学校に招待された対談で司会の男に「あなたは真の流浪人ですか?」と質問され、タクシーのガラの悪い運転手からは「パレスチナ人に人生で初めて会った!」とタクシー料金をタダにしながらスレイマンを見世物のように嬉しそうにパートナーに電話で報告する。後にもパレスチナ人であれば憤慨するような失礼極まりないワードが飛び交い、見ているこっちはヒヤヒヤが止まらない。パリの公園内の噴水周辺で、人々が公共の椅子に座りくつろぐ光景は、平和に見えているようで、小さな暴力が散りばめられた風刺劇だ。椅子を得ようと血眼のサラリーマン。重い荷物を担いで自分の椅子を守るミュージシャン。わざと相手が傷つくような方法で椅子を奪い取る若者。かつて植民地の取り合いをしたヨーロッパ諸国を見ているようだ。この小さな争いからかつての戦争は生まれたとも思えてくると、表面的な面白さよりも、描かれていない戦争や暴力支配の恐怖と不安が印象に残る。アメリカではユダヤ人有力者による政治への影響力が強く、政治家は彼らの票を得る為に彼らの要求するイスラエル優勢の政策に傾くことも少なくない。それは間接的に、イスラエルのパレスチナ支配・統治、軍事産業に加担することになるのだが、その関係性も映画内の映画製作会社とスレイマンの関係に重なる。パレスチナ色が強い映画なら本当に採用してくれるのか?パレスチナ色が強すぎたら逆にイスラエルやアメリカに不利な描写になってお蔵入りにしないか?そもそもアメリカ人が判断するパレスチナ色って何よ?イスラエルの軍事産業は世界的トップクラスの輸出額を誇っているため、あのパリの戦車とアメリカの国民のライフルが全部イスラエル製の可能性も充分あるのだが、スレイマンにしたら故郷で毎日見る武器をアメリカで見るのは気が気じゃなかったはずだ。街行く人は全員、アメリカでは護衛のために持ち歩いてるらしかったが、パレスチナではイスラエルの気を損ねれば誰でも殺される理不尽な殺しの道具として映る。当事者でなければ、アメリカで街の全員がライフルや拳銃を持っている姿はちょっと誇張しすぎだよと笑えるかもしれないが、当事者だったらどうだろう。自由の国にまでイスラエルの手が伸びているかと絶望と諦めが一気に襲ってきそうだ。どこにいっても一緒だ。何も変わらない。今立ってる場所を天国だと思いこむしかない。タイトルに絶望がないことを祈りたい。
パンフレットの表紙は儚い線でさらりと描かれた原題「It Must Be Heaven」はどこかに吹き飛ばされ、今にも消えてしまいそうな不安定さ。しかし細くも箔押しで金色に輝く姿は芯が強く、ロゴの上には天使のわっかのような円があしらわれているのもかわいらしいく、シックで美しい。映画全体をユーモアにチャーミングにしてくれる。表紙のスレイマンは私たちに背を向け岬から遠くを見つめている。まだ見ぬ故郷を探しているのか。映画を見終わればエリア・スレイマンの背中に疑問と哀愁、希望とより世界への空虚と疑問を抱く。冊子内の写真はトリミングされることなく、劇場で見たままの画角でページいっぱいに掲載されているのが嬉しい。映画の空気感を思い出せる写真というのは、意外と主人公の通るなんの変哲もない廊下だったり、一瞬だけ写る公園のベンチだったりする。主人公や人物にフォーカスしたトリミングがされていると映画の意味は感じ取れるものの、人物の感情ばかりに気を取られ、映画そのものの雰囲気・空気と対話がなかなか難しくなる。写真がトリミングされていないというのは、純粋に嬉しい。画面端っこにあるような木やカフェに目移りして、1人で勝手に映画の世界観に浸るのだが、その時の空気感を思い出したいときに、映画に寄り添った意匠のパンフレットは本当にありがたい存在だ。最初の見開きページを除き、写真は右に、記事は左にと統一されている。見開きページに使用されている写真は個人的に一番気に入っていたシーンなので、見開きに使用されていているだけでも大歓喜!地下鉄で起きている出来事、それを眺めるスレイマン。この2つの映像がそれぞれ入れ替わることで両者が左右に対面しているのをフィルムでは察するのだが、パンフレットでは見開きの形で画像を配置し表現している。ページを閉じれば両者の画像は向かい合わせになるわけで、つまりパンフレット上では物理的に立体的にスレイマンの視線の先に地下鉄の出来事を置くことが可能。このパンフ、映画が立体的に体験できるのか…!!!興奮してタイピングに力が入ってしまったが、あのシーンでもあのシーンでもあのシーンでもこの構成で作られていたらと思うと…作品を引き立たせる美しいパンフに酔いしれる人が1人でも増えますように。
作品情報
『天国にちがいない』
原題:It Must Be Heaven
監督:エリア・スレイマン
出演:エリア・スレイマン | タリク・コプティ | アリ・スリマン | ガエル・ガリシア・ベルナル
フランス・カタール・ドイツ・カナダ・トルコ・パレスチナ合作
製作:2019年
102分
パンフ情報
【奥付情報】
発行日:2020年1月吉日
編集・発行:アルバトロス・フィルム
デザイン:大島依提亜、中山隼人
テキスト協力:森直人
定価:720円(税込)