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【PATU REVIEW】ゲイが喜ぶ意地悪映画の金字塔

文=竹美
 
今回の映画『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうな私の12カ月』を最近レズビアンの友達と観なおしたところ、彼女は「こんな女はいない」と言って笑い始めた。私は、あの頃の三十代シングル女性は自分ごととして一喜一憂したのだと思い込んでいたが、それは私だけだったのか。
 前作でのすったもんだの末に、新しい仕事での成功(?)と彼氏のマーク・ダーシー(コリン・ファース)を手にしてにやけ顔が止まらないブリジット(レネー・ゼルウィガー)。だが、持ち前の勘違い精神を発揮したブリジットはマークと喧嘩、別れてしまう(乙女気質のゲイは笑えないぞ…)。前職の嫌味な上司且つブリジットを弄んだ(でも楽しかったなぁ…)男、ダニエル・クリーバー(ヒュー・グラント)がブリジットの職場に現れ、「一緒にタイに出張してくれ」と言う。ブリジット、大丈夫なのか…。
 著者ヘレン・フィールディングス氏はもちろんブリジットをひどい目に遭わせる気満々なので、大丈夫ではない。
 BBCニュース動画(2013年1月28日のもの。” Bridget Jones vs Pride and Prejudice”)でのヘレン・フィールディング氏の言葉によれば、本作原作は、イギリスの女性文学者ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』からプロットを「盗んだ」ものらしい。そして、ブリジットに関しては「ブリジットはカオス状態」「18世紀だったら彼女は生き延びるのは無理だろうね、いひひ」と語っている(一部誇張)。最初から底意地の悪いパロディ精神が仕込まれていたんだね…。ちなみに、ゲイ文化はパロディ性とは切っても切り離せない。
 女性性をパロディ化したドラァグクイーン、または正反対に、男性性をパロディ化したマッチョ表現を実践するゲイは、自覚的に女/男を「演じて」いる。また、ゲイの多くは、ドラァグとマッチョ男性という両極端の虚構のどこに自分がいるのか、よく分かっている。そんな自意識でいっぱいのゲイは、自分の妄想に振り回されるブリジットに同族嫌悪を覚えるのだと思う。彼氏の浮気を疑ったり、「私のことをかばってくれない!」と騒ぐブリジットにいちいち腹が立つ。「こんな乙女気質女が幸せになるわけないじゃないの。ほーら別れた、だから言わんこっちゃない…」と自分のことは棚に上げてすっかり意地悪お姫さま。でも結局一緒に一喜一憂し、最後は「よかったね、ブリジット。しばらくは安泰だね」と笑顔に。筆者の意地悪精神に弄ばれているのは私だけだろうか。
 乙女気質を持つゲイにとって、ブリジットの行方は他人事ではない。彼氏の行動を疑い始めると無様なまでに精神が追い詰められていく乙女なゲイは結構多い。私は、うちに来るはずの時間になっても一向に来ないし連絡も無かった元彼氏(ゴゴゴゴゴ)に、わずか30分でしびれを切らし、奴の住む実家まで行ってやろうと電車に乗ったところでメールが来たなんてこともあった。一体何だったんだろう…。映画や漫画、小説などで数多く描かれてきた乙女の暴走の多くは、そもそも虚構だったのではないか。恋焦がれて精神に変調をきたし破滅する若い女のモチーフは、安珍清姫など日本にもあるのだが、あれを一回体験した女は、本当は1回目で目が覚めていると思う。「乙女気質が治らない三十歳過ぎの女」という虚構のカオス=ブリジット。これに一番近いのはゲイなのではないか…自分のことを考えても、周りの友達のことを見回してみても、この考えが去らない。何歳になっても治らない恋という病。ブリジットが細胞分裂してぶつかり稽古しているかのようなスペイン映画『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(87)をゲイの監督ペドロ・アルモドバルが作っているのも偶然ではないだろう。ゲイは、結婚という形のゴールが無かった分、体力さえあれば、何歳になっても大暴走。私もどうなるか…。
主演は、私がこの世で一番好きな女優、レネー・ゼルウィガー。タイの刑務所に放り込まれるブリジットの描写は、類似した事件が実際に起きていることを考えるとかなり恐ろしいシーンなのだが、レネーの「悲劇をお笑いとして出力してしまう」という特異な能力によって、全く気の毒に見えない。でも、レネー自身はものすごい野心家だと思う。動画や伝記本を当たって、どこかで尻尾を出してないかと探し回ったが(ゲイのファンって意地悪いの)、話からドレスの着こなしまで全く隙がない。インタビューであれだけハイテンションしゃべりをするのに(イギリスの清水ミチ子、トレイシー・ウルマンの物真似動画が強烈)、自分の意見はほとんど語らない。最近は、ハリウッドのスター女優が「自分の意見」を語ることを促され、勉強や準備不足だと言質を取られ、叩かれる。『シカゴ』(02)のロキシー役のように、失言の塊みたいな役が上手い女優は、自分について多くを語らないものなのか。何食わぬ顔で『ジュディ』(20)で二度目のオスカーをかっさらい、自分で歌ったサントラのアルバムでグラミー賞の候補にまでなっている。すごいやり手だ。多分70歳位でまた賞レースに入って来るのではないか。Netflixドラマ『WHAT/IF選択の連鎖』(19)の悪役アンや『砂上の法廷』(16)の富豪の妻役は、正直ミスキャストかと思うほど違和感を覚えたものの、あれが案外本人に近いのかもしれない。
 本作の原題は『BRIDGET JONES: THE EDGE OF REASON』。「ブリジット・ジョーンズ:正気すれすれ」みたいな意味か。第三作では、ブリジットはさすがに何かを学び、ついでに顔も少し変わった。原題は『Bridget Jones’s Baby』。オカルトホラーの『ローズマリーの赤ちゃん』を意識しているのだろう。40代火遊び女(とゲイ)が足を踏み入れてはならない迷宮が見えた。是非ブリジットには、70歳位になったときに新たなカオスメーカーとなって銀幕に戻ってきて欲しい。そのとき…私はどうなっているだろうゴゴゴゴゴ…。

作品情報

『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月』
原題:BRIDGET JONES: THE EDGE OF REASON
監督:ビーバン・キドロン
出演:レニー・ゼルウィガー | コリン・ファース | ヒュー・グラント
アメリカ
製作:2004年
107分

関連パンフ情報

『シカゴ』(2003)
つるりとした手触りで、漫画っぽい色合いの表紙とマッチしている
40ページ・B4定型
【奥付情報】
発行日:2003年4月19日
発行承認:株式会社ギャガ・コミュニケーションズ
編集・発行:松竹株式会社事業部(編集協力:石津文子)
デザイン:伊藤正治(MK)
印刷:日商印刷株式会社
定価:800円(税込)

『ジュディ 虹の彼方に』(2020)
ホログラム加工の表紙に美しい写真も多数。
32ページ・正方形
【奥付情報】
発行日:2020年3月6日
発行者:大田圭二
発行所:東宝(株)映像事業部
発行権者:ギャガ(株)
編集:(株)東宝ステラ
デザイン:山本廣臣 東京リスマチック(株)
印刷所:成旺印刷(株)
定価:746円+税

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