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【PATU REVIEW】彼女は誰かのファムファタールではない ~『本気のしるし ≪劇場版≫』~

 主人公は職場の女性2人と曖昧な関係を続けている優秀な営業マン、辻一路。他人にも自分自身にもあまり興味がなく、周囲から求められる姿に合わせて仕事ばかりか日々の生活の全てを「そつなく」こなす男だ。しかし謎多き女性、葉山浮世との文字通り事故的な出会い以降、見事に人生ゲームのマイナスのマスばかりに止まってしまうようになる。<警察に突き出されそうになる。1回休み。><浮世から電話がある。反社会的勢力との交渉で借金を肩代わりする。120万円失う。> 関わればどうせロクなことがないが、何故か放っておけない魅力のある彼女によってこれまでの退屈な日常は一変し、次々とトラブルに巻き込まれて地獄へ行くぞ! 辻一路状態に陥ってしまう。

 どこにいても申し訳なさそうにしている割に、大胆に人に面倒ごとを押し付けたり、路上で眠ったり、平然と人の金でビールを飲み気分よくなっていたりする浮世さん。周囲に大迷惑をかけながらも、初めて見せる笑顔とともに「あたし辻さんに油断してるのかなぁ……」などと呟く浮世さんに、観客である私たちは<コイツは男を破滅させる魔性の女だ>というレッテルを無意識に貼ってしまう。
パンフに記載の深田晃司監督のインタビューでも明確にされている通り、浮世さんは男性社会に求められる女性像に無自覚ながら周波数を合わせ順応してしまう性質がある人だ。結局そのせいで自身も傷つき、苦しんでいる。丁寧な描写によって観客がそれを理解した時、彼女を翻弄させてきた男性社会の側に、自分が無意識に目線を合わせていたことにハッとする。「俺たちの〜」という枕詞で語られる文脈に往々にして女である自分は含まれていないことに気付いた時と同じくらい驚いた。

 余談ではあるが、印象的なファミレスのシーンにて酒に酔った浮世が帰れないことを心配する辻に対して、私のことは全然気にせず置いていってください、こことかで寝るので、と言う台詞がある。同じことを私もかつて数回発話した覚えがあり、しかしそれで実際に放置して帰られたことは1度もなかったのであれは無自覚な打算だったのかも……と個人的に期せずして浮世さんの行動原理を理解できた瞬間であった。

 『本気のしるし ≪劇場版≫』はドラマとして放映されたものをディレクターズカット版として劇場公開したものである。232分という長尺でありながら1秒たりとも飽きさせることなく、激動のストーリーに身を委ねているうちにあっという間に4時間が経ってしまう。そしてその後の生活に登場人物のことに思いを馳せる時間が発生する。
私もその1人であるが、今鑑賞者の非常に多くからあたかも実在の人物のように、幸せに生きていることを願われている『花束みたいな恋をした』の絹さん麦さんであるが、日常的な風景を描いた訳でもないのに同じくらい浮世さんと辻にもその感情が起こるほど、その存在感には説得力がある。但し後者は引き続き非常に劇的な人生を送っているだろうし、幸せかどうかはともかくどうかご無事で! という方に重きが置かれるのだが。

 辻にはっきりしない関係を取られている側、細川先輩と同僚のみっちゃんのキャラクターもいい。主要人物たちはみな登場時から映画の終わりまでの間に大きく外見が変化するのだが、衣服のフォルムや髪型でそれぞれがどのような性格なのか、今どのような心情でいるのかということが表現されている。特に細川先輩の、華美ではないが自分の体に合っていて似合う服を纏う姿からは、彼女が客観的に自分のことを見られる・見ようとしている人だという印象を受ける。全て分かった上で辻との割り切った関係を続けている、と思い込むことで傷つくことを避けようとしてきた彼女が後々取る行動に深みを増している。いつも己の感情のままに突き進むみっちゃんとの対比も面白い。みっちゃんの変身後の姿といったら憧れてしまうほどだ。浮世さんについては言うまでもなく、柔らかく楽ちんなワンピースばかり着ていた彼女の、後の服装からは描かれぬ間の月日で起こった変化を一見して捉えることができる。

 衣装やヘアメイクだけでなく台詞や場面のリフレイン等、構造的な演出は面白く、プロップに与えられた役割や意味はこれからも繰り返し観る度に新たな発見がありそうだ。パンフにある「本気のしるし A to Z」のページには本作にかかわるA〜Zのキーワードについて解説、裏話の記載があり必見である。なおパンフにはドラマ版と劇場版が存在し、ドラマ版には「本気のしるし」全話解説、劇場版には森崎ウィンさん・土村芳さんのインタビューとそれぞれに異なる記事がある。どちらも読み応えたっぷりで素晴らしいものなので是非手に入れてほしい。両者で構成の順番は若干異なるが、いずれもジャーナリスト伊藤詩織さんの寄稿文から始まるのもいい。

 #MeToo運動が広がった後のここ数年で、あれは怒ってよいことだったのか、当たり前だと思う必要はなかったのかと知ることが噴出した。社内のルールを破った男女において罰を受けるのはもれなく女のほうで、かつてはそれをモヤモヤとしながらも黙って受け入れてきた。納得いかないし給与が下がるかもしれないけど大丈夫、なんと言っても私たちにはレディースデイがあるから水曜日は映画が安く観られてお得だし。そんなはずはない。これからは声をあげ、「わきまえたり」せず、浮世さんが堂々と生きられる世界を作っていきたいと思う。彼女は誰かのファムファタールではない。

作品情報

本気のしるし ≪劇場版≫
監督:深田晃司 / 出演:森崎ウィン、土村芳 / 2020年

原作者星里もちる先生のイラストが目を引く表紙。
32ページ・A4定型

【奥付情報】
発行日:2020年10月9日
発行:ラビットハウス
編集:戸山剛 平井万里子 大久保渉
編集協力:星里もちる 小学館 メ〜テレ 阿部瑶子 原麻里奈 発智新太郎
デザイン:小峯庸尭(カルファ)

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