文=竹美 妄想パンフイラスト=ロッカ
「他人の幸せ」を祝福できる社会
2003年頃だったと思う。あるニュースが目を引いた。それは台湾の国会が、同性婚できるようにするべきだという動きを見せたというニュースだった。え?なぜ台湾?タイなら分かるけど…と思ったものだったが、あれから十数年で、台湾はアジアで初めて同性婚を合法化させた国になった。
台湾映画『52Hzのラヴソング』(2017年/ウェイ・ダーション)では女性同士のカップルが出て来る上、台湾先住民の文化も普通に絡めて描かれており、台湾社会の多様性のありように驚かされた。だが、そこに至るまでは簡単ではなかったと思う。本作『愛で家族に』は、同性婚が法制化されるまでの2年程の動きを、3組のカップルの姿を通じて紹介している。
女性同士のカップルは、既に体外受精によって前妻との間に娘がおり、二人が結婚すれば娘は3人のママを持つことになるという。35年も一緒に過ごした初老の男性カップルは、片方に認知症の兆候が見られ、これから先のことを心配している。また別の若い男性カップルは、マカオ人の彼氏が台湾に在留するためにオーガニック食品の製造販売の事業をやっているが、なかなか思わしくない。
冷戦終結後の90年代にはグローバル化の進展をもろ手を挙げて歓迎する中で「マクドナルドのある国同士は戦争しない」と言われたものだったが、今はアップデートされ「同性婚を合法化した国同士は戦争しない」と言い換えるべきではないかと思うほど、このイシューは過熱し、同時に先鋭化してきた。
他人の幸福追求と自分の信条にどう折り合いをつけるかは、個々人の思慮深さに任されている。同性婚に反対する人達は「宗教がダメだと言っているから」「子供に悪影響があるから」「生理的に無理だから」「歴史的にそうだから」「自然の摂理に反しているから」と様々な理由を挙げる。しかし、どんな理由を以てしても、そう判断しているのはほかならぬ自分自身である。台湾の人々は今後その部分をどう乗り越えていくのか。これからの課題だと思うし、日本人としては趨勢に大いに注目したい。
ただ、日本人の肌感覚から見て、台湾人というのは、他人の幸福に対して優しいのではないかという印象を持つ。アンチ中国としての台湾の立ち位置もあろうが、苦難の歴史の中で多様性を社会の中に織り込み、アップデートを続ける台湾社会の根底にあるあの「あたたかさ」は、同性婚の合法化を下から支えたに違いない。また、劇中からは、彼らの社会が英語圏とかなり近い位置にいることもうかがい知れる。ハリウッドの映画監督・プロデューサーに台湾系が何人もいるのは、国としての「弱さ」の象徴なのかもしれないが、このグローバル時代においては強みになっていくように思う。
実はあまり本作については言いたいことが無い。光り輝く台湾がただただまぶしいのである。個人的なことで恐縮だが、私は外国人の彼氏と暮らしている。ちょっとした事情で彼には労働許可が無く、私が養っている。このままそれを続けるわけにはいかないので、彼の故国で私が仕事を見つけ、移住することを計画している。劇中、若いマカオ人青年が、婚姻さえできれば台湾にいられるのに、と言っていた。最終的に台湾で同性婚合法化が決まったが、外国人の場合は祖国で同性婚が合法でない限り婚姻は認められていない。しかし二人は役所に行って書類を出す。当然受理されないだろうと思っていた彼らだったが、書類だけは受理してもらえていた。恐らく法的な効力は発生しないのだろうが、役所側の対応のあたたかさに驚いた。他人に優しくするとはどういうことなのか。ラブと「正しさ」の象徴としてではなく、単純に「他の人のことを喜んであげたいから」という姿勢を台湾社会が崩さなければ、台湾は、ジェロントクラシーが優勢な東アジア地域に一つの希望を示し続けることだろう。
妄想パンフ
作品情報
監督:ソフィア・イェン [顏卲璇]
キャスト:ウー・シャオチャオ(ジョヴィ)、チウ・ミンジュン(ミンディ)、ワン・ティエンミン
85分/カラー/北京語、英語/日本語・英語・台湾語字幕/2020年/台湾/長編1作目の監督作品