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【TIFF4日目レポート2】未来のグローバルエリートはアイデンティティで悩むのか?『チャンケ:よそ者』

文=竹美 妄想パンフイラスト=映女

歴史的には民族同一性の高い韓国では、21世紀に入り、東南アジア出身の女性が結婚して農村に住んでいる状況(『ユア・マイ・サンシャイン』(2005年/パク・チンピョ監督))や、アジア通貨危機以降の英語パニックと、日本と変わらない「ガイジン」への偏見(『英語完全征服』(2003年/キム・ソンス監督。ちなみにラストの方で中国語ブームの片鱗が見える。作品としては、今見るとチャン・ヒョク演じる主人公青年の身勝手がつらい)、外国人労働者の大量流入という状況を迎えた。そこへ、英語圏の帰国子女たちの活躍(アイドルグループに一人は英語ネイティブがいる)、中国出身朝鮮族や脱北者の増加という形で、「韓国・朝鮮民族」の中の多様性も韓国人自身に意識されるようになった。その中で今回の映画『チャンケ』は、中華民国から中華人民共和国になる際の混乱期に朝鮮半島に逃げてきた「現台湾国籍」の華僑という珍しい存在に焦点を当てている。製作国は台湾。韓国の作品ではないのがポイントだ。
台湾国籍の父と韓国人の母の間に生まれたグァンヨン(光龍)は、華人向けの高校から韓国人の普通の高校に転校した後、周囲のイジメもあって馴染めない。少し想いを寄せる女子生徒ジウンと距離が縮まらずにもじもじする日々だったが、ある日父が大病を患っていたことを知り、動揺する。
グァンヨンは、韓国料理「チャジャン麺」を嫌っている。韓国では「中華料理」とみなされているチャジャン麺は自分みたいに思えてしまうのだ。「前にあんなこと言われた」「今日もこんな目に遭った」という不快な体験の蓄積は、若い高校生にとっては理不尽で理解しがたく、親のエゴのせいでこうなったのだと恨みもするだろう。
「外国人だから兵役も共通テストも免除だなんていいよな!俺たちはヘル朝鮮で生きていくんだ」と言う他の男子生徒たちのやっかみをグァンヨンは理解できないわけだが、「普通になる」というのはそういう義務さえも「当たり前」として体験すること。周知のとおり台湾にも兵役があるし、グァンヨンもジウンに「台湾の若者は台湾のことを「鬼島」と呼んでるよ。ヘル朝鮮と同じ」と語る。
アイデンティティの問題は、その社会でどう扱われるかによっては理不尽極まりないのだが、彼の場合はどうだろう。韓国で無事に暮らしており、中国語も英語も堪能な彼は、10年後に「グローバル時代の勝ち組として君臨する」という物語を描くことも可能だ。そうなるとラストシーン以降の物語は、全く違ったお話…彼をいじめた高校の同級生たちが頭を下げてすり寄ってくる物語だってありえるだろう。「自分で物語を作っていく」状態に至れるかどうか。そしてその物語の内容次第では、本作で描かれたような葛藤そのものが色褪せてゆき、父親との心の交流だけが彼の心に永く残るのかもしれない。
本作が韓国ではなく、台湾で製作され、台湾人の側から見た物語になっているのは偶然ではないだろう。「ヘル朝鮮」物語を生きる韓国人生徒の側から描く韓国映画を作ったとしたら、グァンヨンは鼻持ちならないエリートの一人として描かれてしまうのかもしれない。彼の国籍故に起こる残念なエピソードも、「ざまぁみろ」である。
親子の心の交流の物語として観てしまうと余計に本作は「いい家族に恵まれてよかったね!そして君はその悩みをあと5年後には忘れてるよ!」という風に応援できてしまう。韓国華僑の韓国化の度合いが高すぎて、文化摩擦がさほど描かれていないためだろう。冒頭のオンラインゲームの場面は、既に国境や国籍よりも、実力やライバルを欺く知恵がものを言う世界なのだと暗に示している。
そして、そのように見えてしまうのは、私がグローバル化から少し外れ気味の日本経済の黄昏を生きているせいなのかもしれない。

妄想パンフ
作品情報

監督 チャン・チーウェイ(張智瑋)
キャスト ホー・イェウェン、キム・イェウン、イ・ハンナ
107分/カラー/北京語、韓国語/日本語・英語・台湾語字幕/2020年/台湾/長編1作目の監督作品

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