No43【TIFF9日目レポート】条件つきの自由を問う紋中紋『皮膚を売った男』

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文=小島ともみ 妄想パンフイラスト=ロッカ

アートは人の感情を根源から揺さぶる。言葉や理屈では説明しきれない何かを、視覚や聴覚、嗅覚といった感覚をとおして訴えかけてくる。その刺激の度合いが高ければ高いほど受け手に与える効果が大きくなるのは当然のこと、というのはうがった見方かもしれないが、時には狡猾とすら感じてしまうものもある。そこを含めたところまでが作り手の意図なのだと気づかされたとき、心乱されるアート作品には敬意をおぼえるとともに嫌悪とも似つかない気持ちにとらわれてしまう。そしてそれこそが……アートは本当にやっかいだ。チュニジアの映画監督、カウテール・ベン・ハニアの新作『皮膚を売った男』は、現代アートのはらむ表現の倫理の問題――手法と扱うテーマについて――を観客にあざとい方法でぶつけてくる。その意味では、本作自体をアート作品と捉えることができるかもしれない。

愛の力は偉大だ、というロマンティックな幕開けは、シリアではハリウッド映画のような展開をみせることはない。サム(ヤヤ・マへイニ)は、翻訳家で恋人のアベール(ディア・リアン)に公の場でプロポーズをするのだが、浮かれが極まってシリア当局に追われる身となる。投獄を免れるにはレバノンへ逃亡するしかなく、サムはアベールを残してシリアをあとにする。1年後、サムはアベールが外交官ザイド(サード・ロスタン)と結婚し、ブリュッセルに移住したことを知る。失意のままに食べ物を求めて潜り込んだベイルートの美術展覧会で、サムはベルギーの有名芸術家ジェフリー・ゴデフロイ(コエン・ド・ボウ)と出会い、ある提案を受ける。「背中を売れ」というのだ。挑発的な作品を発表し続けるジェフリーのねらいは、サムの背中にシェンゲンビザのタトゥーを入れ、サム自体をメッセージ性の高いアート作品にすることだった。巨額の報酬に加え、展示の名のもとに欧州を自由に旅行できるビザを手に入れられるとあって、サムはジェフリーと契約を交わす。こうして、サムの「生きたアート」としての新しい人生がベルギーの王立美術館から始まる。しかし、「難民を利用した搾取だ」と抗議する団体があらわれ、アベールとの再会を果たすなかで、サムの心は揺らいでいく。

現代アートを風刺的に扱った作品といえば、ルーベン・エストルンド監督の『ザ・スクエア』が浮かぶ。『ザ・スクエア』がテーマとしていたのは人間の偽善の検証であったが、『皮膚を売った男』は、ヨーロッパにおける難民の扱いを下敷きに、人の自由意志について問うている。サムはみずから進んで肉体を差し出したのだが、難民ビジネスの被搾取者であり、現代における奴隷制度の犠牲者だと救いの手を差し伸べられて困惑する。しかしそもそもサムが物議を醸す契約を交わしたのは、にっちもさっちもいかない現状を打破して自由をつかみ取るためだった。レバノンへの逃亡もほかに道がなかったゆえの「選択」だ。最後に決め手は自己の意志とはいえ、そのような状況での決断は果たして本当に「自由意志」と言えるのだろうか。

選び取るたびに袋小路に追い込まれていくサムに、監督は反撃の手段を与える。すったもんだの末にオークションにかけられることになったサムは、見事高値で落札されるのだが、シリア人=テロリストの偏見を最大限に利用して、彼を「商品」として眺めていた金持ち連中をあっと言わせるのだ。晴れて自由の身となりラッカへ帰ることになったサムには、さらにもうひと波乱を含んだ結末が待っている。サムが最後にはなつ言葉には、映画のなかで問い続けられた「限られた選択肢しかない状況下で自由になるというのはどういうことか」に対する監督の答えが込められている。爽快さに満ちた「あざとさ」は決して悪い心地のするものではない。

人をアート作品に仕立てるという奇想天外な発想は、じつは実在の「作品」に基づいている。ベルギーのネオ・コンセプチュアル・アーティストで、身体に焦点を当てた独創的で衝撃的なアートでしばしば物議をかもすヴィム・デルボア氏が、タトゥーパーラーの経営者だったティム・シュタイナー氏の背中を「買い」、全面にタトゥーを彫り込んだ。ちなみに、デルボア氏のアート作品は劇中に登場している(タトゥーを施された豚の置物)。ティム氏は『TIM』と名付けられたこの作品の「運搬人」となり、存命中は求めに応じてあちこちのギャラリーや美術館で背中を展示する契約を結んでいる。『TIM』はドイツ人のアート・コレクターに15万ユーロ(約1,900万円)で落札され、シュタイナー氏が亡くなると、背中の皮膚は額に入れられてコレクターのもとに送られるという。事実は映画よりも奇なりだ。

妄想パンフ

A4サイズ。映画のビジュアルとしても使われている、オークションにかけられるサムの背中をとらえたショット。それ自体がアート作品であるというようなポスター風の装丁に、中身はオークションで使われるBid Sheet調。

作品情報

『皮膚を売った男』(原題:L’Homme Qui Avait Vendu Sa Peau)
予告編はこちらから
監督:カウテール・ベン・ハニア
キャスト:モニカ・ベルッチ、ヤヤ・マへイニ、ディア・リアン
104分/カラー/アラビア語、英語、フランス語/日本語・英語字幕/2020年/チュニジア、フランス、ベルギー、スウェーデン、ドイツ、カタール、サウジアラビア

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