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【TIFF5日目レポート2】春に種撒く君よ『親愛なる同士たちへ』

文=やしろ

1962年6月。ノヴォチェルカッスク。かつてロシア内戦で皇帝側につき赤軍と戦ったドン・コサックの拠点だった都市は貧困にあえいでいた。スターリン後のフルシチョフ体制下で物価の高騰、低賃金に苦しむ市民は、遂にストライキという強硬手段に出る。これがやがて暴動へと発展し、ソ連軍、KGBらと衝突し、死者26人、負傷者数十人、逮捕者数百人(内処刑7人)という惨劇へと発展した。この3日間の出来事はソ連史上最大の暴動となったが、当局の隠ぺい工作により、これが明るみに出たのはソ連崩壊後1992年の事だった…。

主人公のリューダは苛立っていました。周囲が口々に共産党への不満をぶちまけている姿に。男たちからは「キツい女」と愚痴られるリューダは市政委員会の職員で、スターリニスト。誰よりも共産主義を愛し、共産主義に生きる女性です。「(共産党を)悪く言ってはいけないわ」「(物価も安定して物資も豊富だった)スターリンの頃が懐かしいわ…」そんなリューダは矛盾を抱えています。地位を利用して物資を融通してもらいながらも、共産主義の理想を説きます。しかし彼女の理想が抱えたのは、ストライキに参加する娘、元ドン・コサックの軍人で当時の軍服を着て体制を罵倒する父でした。(ドン・コサックは先述の通り赤軍と戦った経緯から、ソ連内では非常に嫌悪されている)「ああ、スターリンの頃はこんな事なかったのに…」

映画に登場するソ連の高官の殆どが実在の人物です。そんな中央の高官たちがふんぞり返って現地は乗り込んでは来ますが、暴動の前に建前と本音が空転して、一言でも失言があれば、僻地へ左遷されるか再教育が待っている緊迫したロシアンルーレット。果たしてどんどん事態が悪化していき、結局KGBの暗躍で武力弾圧が始まってしまいます。凄惨な流血沙汰のさなか、リューダの娘は行方不明となり、リューダは娘探しに奔走すことになります。大戦で失った彼とのただ一人の娘。市政委員会の人間として、共産党員として職務を全うし、暴動に厳しい処罰を求めながらも、娘や人民に危害を加えた軍とKGB、無策のフルシチョフ体制を激しく非難するどうしようもない自己矛盾。危ない橋を渡っているのに、結局何となく周囲の協力で逮捕されない。本人がその矛盾を感じてないのは、そう言った意識する事ない特権に預かってるからに他なりません。それはソ連自体が抱え続けた矛盾でもあり、遂には底が抜け、崩壊してしまう訳ですが…。娘探しの過程で、当局の隠ぺい工作を目の当たりにしたリューダ。彼女も耐え切れず、感情があふれ出してしまい、思わず娘探しを手伝ってくれるKGBの男の前で心情を吐露してしまいます。
「なぜこんな酷い事をするの⁉︎」
「共産主義を信じられなくなったら、何を信じたらいいの⁉︎」
「もう全てを吹っ飛ばしてやり直すのよ!」
KGBの前でも憚らず叫んで見せる彼女はやはり恵まれている者であり、娘と父の持つ感情とは相容れないのでしょう。それでもきっとリューダは2人を拒絶する事なく、無意識に理想と矛盾を抱えながら受け入れ続けるのです。春が来たら種を撒く様に。

コンチャロフスキー監督は、この歴史の渦に翻弄されるスターリニストの母親と、ソ連史の暗部をモノクロ4:3サイズで撮る事により、当時の空気感をしっかりと描いたと思います。リューダのまくし立てる口調とキビキビとした動きが、彼女の理想とは裏腹に時間に追われるだけの貧しい日々をうまく表現していました。
実は最初コメディだと思って観てたのは内緒の話です。まぁ、狂人だらけの中で、リューダが1番の狂人というブラックコメディだったってことで。

作品情報

『親愛なる同志たちへ』(原題:Dear Comrades![Dorogie Tovarischi!])
予告編はこちらから
監督:アンドレイ・コンチャロフスキー
キャスト:ユリア・ヴィソツカヤ/ウラジスラフ・コマロフ/アンドレイ・グセフ
121分/モノクロ/ロシア語/日本語・英語字幕/2020年/ロシア

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