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【TIFF3日目レポート3】I’m willing to do anything for you…『兎たちの暴走』

文=やしろ 妄想パンフイラスト=映女

四川省攀枝花市は1939年に大規模な鉱山が発見されて以来、重工業の街として発展してきた。シュイ・チンはそこで父と継母と暮らす普通の高校生。不良グループのリーダーのジン・シーはお金持ちだけど両親が不仲、美人のユエユエは地元の広告モデルをしているも、父親の暴力に怯えている。そんな3人は喧嘩もしょっちゅうだけど、楽しく仲良く遊ぶ毎日だった。そこに幼いシュイ・チンと古い街を捨て、成都へ行ってしまった母が戻ってくる。母と親友との夢のような時間を過ごすシュイ・チン。しかし次第に母の本当の姿を目の当たりにすることになる…。

「兎たちの暴走」というタイトル。少女と自分を捨てた母親の物語。兎の様な彼女達が周囲を巻き込んで、ちょっとした騒動をおこす様を透明感ある映像で表現していた……て書こうと考えていたんですよ。それが一体なんだよ‼︎そんな攀枝花市名産のマンゴーより甘い自分の考えは、あっという間に吹き飛びました。最初のシーンから尋常じゃないです。「ああ、これからこの物語はここに向かうのか…」と、胸ぐら掴まれて壁に押し付けられる様な衝撃から始まりました。

そんな戸惑いをよそにシュイ・チンは、僕の当初予想していた通りの青春映画の真っ只中を歩いてます。シュイ・チンの憧れの存在でもあった母親も、シュイ・チンの学校でダンスの先生をはじめ、この街の暮らしに馴染んでいきます。親友達と夜遊びをするシュイ・チン親子。そして夜遊びの終わりに親友2人と母の前で、夜のトンネルに向かってシュイ・チンは叫ぶのです。「あなたの為ならどんなことでもやります!」その想いはトンネルの奥の様な深い闇に飲み込まれていくことに気づかずに…いや、気づかぬふりをして…。

母親は当初黄色い服、黄色い車と風水的に金運の色とされている黄色を意識的に使っていました。しかし母親の置かれてる現実が判明すると、転落を示す様に黄色は抑えられていきます。そしてこれまで人生で誤った選択をしてきた母親の過去と後悔が、彼女の現在と未来へ容赦ない復讐を始めます。それはシュイ・チン達の友情を破壊し、現在の父と継母との暮らしさえも、砂の城が波にさらわれる様に一瞬で消し去ります。そしていよいよ破滅への宣告が言い渡されます。逃れるためには大金を作らなければなりません。母の為ならどんなことでもやるシュイ・チンと、これまで間違った選択をしてきた自分と同じ過ちを犯して欲しくない母。いびつな愛情で結ばれた母娘は、シュイ・チンの計画に一縷の望みを賭けて、黄色い車を渡口大橋へ走らすのです。トンネルの先に何が待っているのか、それがたとえ悲劇と判っているのだとしても…。

シェン・ユー監督は長編デビュー作とは思えないほど、とんでもないエネルギーに満ち溢れた作品を撮りました。時に柔らかく、時に不安を煽る、まるでタルコフスキーが水を操ったように、様々なタイプの光を使ってシーンの緩急をつけていきます。工業都市の鈍色の空気感で覆われた重たい世界。そこで生活する彼女達と重ねてタイトルを「兎たちの暴走」としたのでしょう。※兎は寂しくても死なないし、死ぬ間際だけ鳴いたりしない。むしろ生命力の象徴であり、繁殖、繁栄の象徴でもあります。「US」(2019/ジョーダン・ピール)や「女王陛下のお気に入り」(2018/ヨルゴス・ランティモス)でも顕著に描写されています。作品の持つ力に圧倒されてしまい、上映が終わる頃にはしばらく放心状態で動けなくなりました。そして中国からの新しい才能を歓迎します。皆さんも生きる事に手段を選ばなくなった兎たちの暴走の、残酷なまでに美しい悲劇に当てられてください。

妄想パンフ

B5横で車窓から見える街並みを表紙に中身は見開きでトンネルを走る車にメッセージを(鑑賞後にこの画を見ると本当にやるせない気持ちになります)

作品情報

『兎たちの暴走』(原題:兔子暴力/The Old Town Girls)
予告編はこちら
監督:シェン・ユー[申瑜] キャスト:ワン・チエン、リー・ゲンシー、ホァン・ジュエ
104分/カラー/北京語、中国語/日本語・英語字幕/2020年/中国 長編1作目の監督作品

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