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【TIFF3日目レポート2】密室の濃密すぎる時間に揺らぐ境界線の危うさ『最後の入浴』

文=小島ともみ 妄想パンフイラスト=ロッカ

ジョセフィーナ(アナベラ・モレイラ)は40歳の修道女で、間もなく念願の終生誓願を果たそうとしていた。父親が突然亡くなり、その葬儀に出席するために幼少期を過ごした村に戻った彼女は、15歳の甥アレクサンドル(マルティン・カナヴァロ)に出会う。母親であるジョセフィーナの妹は、アレクサンドルを置き去りにして何度も家を飛び出し、ついには姿をくらました。アレクサンドルは祖父に当たるジョセフィーナの父親とずっと暮らしていたのだった。ジョセフィーナは、世話をする人のいなくなったアレクサンドルと、父の遺した家で暮らし始める。

ポルトガルの監督デヴィッド・ボンネヴィルはこれまで『シガーノ』、『ヘイコ』、『ラルク・アン・シェル』といった性やモラルを大胆に扱った短編で数々の受賞歴があるが、長編はこれが初作品。のどかで日当たりの良い丘陵状のぶどう畑を、祖父の突然の死を知らせに裸足で走るアレクサンドルの足音が不釣り合いに響く。しかし極限まで高まった緊張は、ピークを迎えることなく凪いでいく。私たちは、この不穏な感情のさざ波に終始さらされる続けることになる。

冒頭、アレクサンドルの傷だらけの足をジョセフィーヌは優しく洗う。以来、浴室は二人の関係を深める場所になり、互いをよく知らないまま疑似母子としてぎこちなく共同生活を始めた二人は、おもに身体の接触を介して親密さを築いていく。ジョセフィーヌの記憶と写真に残るアレクサンドルの姿は幼子である。目の前にいるのは背が高く整った顔立ちと均整のとれたしなやかな体をもつ少年。ジョセフィーヌは神に問う。「彼を私に託すのなら、そのしるしを見せてほしい」。しかし神からの返答は得られず、はじめは終生誓願に必要な物理的準備の妨げとしか考えていなかったアレクサンドルは、しだいに彼女の心に肉欲と嫉妬を生み出す厄介で愛しい存在へと変わっていく。

劇中でとりわけドキリとさせられたのは、眠るまで背中をさすってくれとアレクサンドルに頼まれたジョセフィーヌが、彼が自分で引っ張り上げたパジャマをさらにたくしあげ、あらわになった背中に手をはわせる場面だ。それは予想していたよりもずいぶんエロティックだった。さするというより、指先のタッチでくすぐる感じ。まるで性行為の最中の愛撫のようで気恥ずかしさすら覚えてしまった。ジョセフィーヌの用事でポルトの街まで出かけた帰り、二人が遊園地に立ち寄る場面にもひやひやとさせられる。ゴーカートで無邪気に遊ぶアレクサンドルの姿を見守るジョセフィーヌのまなざしは母親のものだが、綿菓子をつまみ合って食べる表情は、まるでデートを楽しむ女のものではないの。大丈夫?

シリスと呼ばれる鉄のベルトで太ももをきつく締め上げ、神に祈りを捧げるジョセフィーナの姿は、自分のなかで揺らいでいく親子の情と男女の情の境界を思いさまさせるかのように見える。アレクサンドルの母親が「息子と再出発をしたい」と出現する後半、ジョセフィーヌ世代の私は彼女の苦悩の一部に暗い願望を見てしまい、いたたまれない気持ちになった。しかし、言葉に出してあらわせば下世話でありきたりな不道徳におとしめられそうなこの伯母と甥の関係を、断罪も非難のトーンもにじませずに描くボンネヴィル監督の優しさが救ってくれる。タイトルの『最後の入浴』は、二人の関係の終わりを告げるものではなく、出会うはずのなかった二人が感情のもつれや行き違いを乗り越えて見つけたひとつの着地点をあらわしているのではないか。希望も絶望もなく静謐だけが胸に広がるラストの余韻は、いつまでも味わっていたいほどにほの温かく心地よい。

妄想パンフ

二人の関係のベースにある浴室に、ジョセフィーヌをかろうじて彼岸に引き留めるロザリオを象徴的に。しかし決してインモラルではなく、田園風景のなかに違和感なく溶け込む二人の生活を明るい色のレモンとオレンジであらわしてみたい。

作品情報

『最後の入浴』(原題:O Último Banho[The Last Bath])
予告編はこちらから
監督:デイヴィッド・ボヌヴィル
キャスト:アナベラ・モレイラ、マルティン・カナヴァロ、ミゲル・ギレルメ
94分/カラー/ポルトガル語/日本語・英語字幕/2020年/ポルトガル・フランス/長編1作目の監督作品

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