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【TIFF1日目レポート】絶対零度の美意識『ポゼッサー(Possessor)』

文=小島ともみ 妄想パンフイラスト=ロッカ

親が有名な映画監督であり、自分も同じ道を選び、さらに同じジャンルで作品を生み出すというのは想像するよりもはるかに大変なことだと思う。ソフィア・コッポラはフランシス・フォード・コッポラのような映画はつくっていないし、ニック・カサヴェテスだって“アメリカインディペンデント映画の父”ともいわれるジョン・カサヴェテスとは対極とも言える作風。しかしブランドン・クローネンバーグ監督は、ホラー界の巨匠デヴィッド・クローネンバーグの跡を継ぐ気満々のように見える。新作『ポゼッサー』は父お得意のボディホラーの王道を行きつつ、洗練された映像と音楽で生々しい血や肉の温度を徹底的に下げたオシャレ仕様。

ターシャ・ヴォス(アンドレア・ライズボロー)は、殺人を請け負う企業に勤務するベテラン暗殺者。上司(ジェニファー・ジェイソン・リー)の指示のもと、精神融合装置を使ってターゲットに近しい人間の意識に入り込む。そして徐々に体を乗っ取っていき、ターゲットを仕留めたあとは、ホストを自殺に追い込んで“離脱”する。ある日ターシャは、腕を見込まれ、大企業の社長を抹殺すべく、娘のボーイフレンド、コリン(クリストファー・アボット)に乗り移るが、“離脱”できなくなってしまう。

ライズボローの不穏な容貌はターシャにぴったり。業務を請け負うたび加速する血と暴力への渇望と、離れて暮らす夫と息子に会いに行くときに演じる愛情深く思いやりのある母親をぬめりとした表情の下に併せ持つ凄みには怖気が立つ。『マンディ』で教祖とその狂信者に惨殺されながら、怨念とも無念ともつかない何かで加害者たちを圧倒し、ニコケイを殺戮に駆り立てた、あのモノノケ感だ。

遠隔操作による無慈悲な殺戮行為や、実存的不安、求められる母親像の破壊、シスターフッドの結びつきなど、こんにち俎上にのぼるテーマがちらちらと見え隠れし、一瞬、踏んだ!と思いきや、足の下を覗き込んでみれば、そんなものは幻想だったと気づかされる。肩透かしを食らった思いがする一方で、憑依を繰り返すうちに自己を喪失していくターシャそのものが、実は道徳的中立の落としどころなのではないかという気がしてくる。善にも悪にも寄れず、敵も味方もわからない。そんな曖昧な時代を絶対零度の美意識で進むブランドン・クローネンバーグ監督は、明らかに独自の路線を築きつつある。次作ではどんなデザインを見せてくれるだろうか。

妄想パンフ

色はイメージカラーの黄色!判型は、組織の歯車として暗殺業に従事する主人公ターシャの息苦しい規則正しさをあらわす正方形で。本文は、関係のもつれにつけ込んで殺人の痕跡を消す俗っぽさから、タブロイド判で使われるような粗雑な紙に雑な印刷で。ターシャにとって大きな意味を持つ標本のピンクの蝶を、ページの端々に飛ばせたい(決して出られることはない)。

作品情報

『ポゼッサー』(原題:Possessor)
予告編はこちらから
監督:ブランドン・クローネンバーグ
キャスト:アンドレア・ライズボロー、クリストファー・アボット、ロッシフ・サザーランド、ジェニファー・ジェイソン・リー
104分/カラー/英語・日本語字幕/2020年/イギリス・カナダ

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