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『ダークナイト』vs『ジョーカー』 〜ジョーカー像の違いと〝笑い〟への皮肉〜

文=八木

身を削るような役作りをし伝説となった故ヒース・レジャーのジョーカー

2020年7月。
まだまだコロナ禍と言える状況ではあるが、クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』公開をひかえ、同監督作『ダークナイト』(08)が各所でリバイバル上映されている。
グランドシネマサンシャインの12階。IMAXレーザーGT字幕版を観終わり、故ヒース・レジャーのジョーカーへ想いをはせながら、下りエスカレーターに乗ると──トッド・フィリップス監督作『ジョーカー』(19)のポスターが真正面に現れる。イカした趣向だ。

ダークナイト・トリロジーと呼ばれる3部作シリーズの、2作目にあたる『ダークナイト』。
ヒース・レジャーが熱演したジョーカーは、いまや伝説となっている。レジャーは身を削るように圧倒的な役作りをし、不気味なメイクをして、作品全体を支配する悪として降臨。その存在感は、まるで主役を食ってしまいそうなほどだった。
レジャーは『ダークナイト』への出演後、テリー・ギリアム監督作『Dr.パルナサスの鏡』(09)で主演を務めていた。しかし、その撮影途中の08年1月22日、レジャーは28歳で急死してしまう。死因は、睡眠薬などを併用摂取したことによる急性薬物中毒。レジャーは『ダークナイト』での怪演が評価され、死後に第81回アカデミー賞助演男優賞を受賞した。
レジャーのジョーカーの役割は、トランプのジョーカー(ババ)に近い。ブルース・ウェイン(バットマン)、ジム・ゴードン、ハービー・デントの三者の仲を引き裂き、混沌へと導く。ただしジョーカーの身の上は終始隠されたままだった。彼は口角の傷について何度か身の上話をするのだが、時と場所によってその内容が違うのだ。

繊細な感情表現で魅せるホアキン・フェニックスのジョーカー

『ジョーカー』は、ある種完璧とも言える『ダークナイト』のジョーカーの、穴を突いた作品とも言える。『ダークナイト』ではぐらかされたジョーカーのバックグラウンドを、丁寧に丁寧に描いたのだ。母親の介護をしながら、ゴミだらけで貧困層の不満が累積しているゴッサム・シティに暮らす、一人の男の物語を。
演技派で知られるホアキン・フェニックスをアーサー・フレック(ジョーカー)役に起用したことも手伝って、非常に説得力のある仕上がりとなっている。ホアキン・フェニックスは繊細な感情表現で、貧困にあえぎ、叶わない夢を追いかけ、自らの出自に苦悩するアーサーを演じた。そしてフラストレーションを爆発させるジョーカーの狂気までも。

また、『ジョーカー』が『ダークナイト』と一線を画している要因は他にもある。
『ダークナイト』のジョーカーはピエロの格好をしていても、コメディの要素はそれほど感じられない。力技の鉛筆消失マジックはあったけれど……。
それに対して『ジョーカー』は、徹底的に笑いやコメディのことを描こうとしている。
純粋にコメディアンを目指し、人を笑わせることを生きがいとしていたアーサー。そんな彼が足を踏み外し、赤いスーツを身にまとうジョーカーへと変貌していく──。
観る者をドン引きさせるほどに理性をなくしたアーサー(ジョーカー)と、彼を取り巻く荒れた環境、そして暗く重苦しいヒドゥル・グドナドッティルの音楽に惑わされがちだが、この作品の本質は〝笑い〟というものに対しての皮肉である。
コメディ映画を多く監督してきたトッド・フィリップスだからこそ、『ジョーカー』を撮ることができた。〝笑い〟に対する様々な思いを混ぜこんで出来上がったのが『ジョーカー』なのだろう。

『ジョーカー』の世界では、現実が死に体である。虚構の存在であるピエロが増殖してしまい、現実世界を侵食していく。
ネタバレになってしまうので細かい説明は避けるが、虚構(JOKE)だと認識しているからこそ、笑いにつながることが世の中にはあるのだ。
例えば実在したアメリカのコメディアン、アンディ・カウフマンが35歳で死んだときは、皆ジョークだと思い、彼の死をなかなか信じなかったという(カウフマンについて詳しくは、ジム・キャリー主演『マン・オン・ザ・ムーン』(99)を参照のこと)。
『ジョーカー』ではどうだろう? タガの外れた虚構が蔓延してしまい、それらは現実として受け止められる。そんな中で、笑うことができる者は果たしているのだろうか?
念のため断りを入れておくが、私個人としては『ジョーカー』はコメディ映画ではないと思っている。だがアーサー(ジョーカー)の「喜劇なんて主観さ」の言葉通り、『ジョーカー』をコメディ映画としてとらえる視点があってもOKなのだ。

コメディ特集ZINE『ミラクル』で『ジョーカー』パンフレット制作秘話を紹介

『ダークナイト』は上映期間中、パンフレットも販売されていて、各所で売り切れが発生していたようだ。『ジョーカー』と『ダークナイト』のパンフレットは、どちらも発行・編集が松竹株式会社になっており、バットマンシリーズへの一貫した愛が感じられて素晴らしい。

『ジョーカー』のパンフレットの制作秘話や、『ジョーカー』の内容についての考察は、コメディ特集ZINE『ミラクル』の「コメディの視点から『ジョーカー』を考える〈Web座談会〉」にて紹介している。
 こちらは容赦なくネタバレしているので、『ジョーカー』鑑賞後にパンフレットとあわせて、ぜひご一読いただきたい。
 20年7月現在DL版販売中、紙版の発行を8月末にひかえている。紙版発行後、DL版は販売されなくなるのでご了承を。

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